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<書評>『沖縄文学の沃野』 豊穣の歴史の諸様相描く


<書評>『沖縄文学の沃野』 豊穣の歴史の諸様相描く 『沖縄文学の沃野』仲程昌徳著 ボーダーインク・2200円
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 沖縄近代文学研究の第一人者である著者の、長年の研究成果を収録した一冊である。その内容は明治、大正、昭和期に創作された歌劇、小説、短歌を取り上げ、その諸様相を解明し論考を試みたもので、その筆致は極めて簡素だ。作家の人となりや創作秘話などを織り交ぜながらの読みやすいものとなっている。

 本書は五つの章に分かれる。「詩歌の章」は、明治期の「琉歌」に織り込まれた風物に対する美意識について語る。「散文の章」では、「ウチナーグチ」と「ヤマトゥグチ」とのせめぎ合いを、山城正忠の「九年母」、久志冨佐子の「滅びゆく琉球女の手記」などから読み解くとともに、これまでの首里城を舞台にした戯曲や小説、そして那覇の遊郭の女性(尾類(じゅり))についても論考を重ねる。

 「書簡の章」では、昭和期に活躍した作家宮城聡の書簡と取り巻く人々との交流を描くとともに、終戦直後の「ハワイ捕虜の手紙」についても、その内実を紹介。「劇作の章」では、昭和初期に大衆を歓喜させた親泊興照の歌劇「中城情話」の魅力を検証、そして戦後上映された4本の映画「ひめゆりの塔」ではシナリオを通して「ひめゆり」の読まれ方を検証している。最終の「月刊誌・同人誌の章」では、大正、昭和初期の沖縄詩壇の秘話を詳らかにする。

 本書で特に印象的なのは「散文の章」。時の知識人であった伊波普猷の「沖縄人に日本語の小説は書けない」うんぬんに石野径一郎(「屋取譜」作者)が抗論した件(くだり)。琉球語を生かす工夫を指摘した評論家青野季吉の参戦もある中、論争の顛末(てんまつ)に近代沖縄文学の揺籃(ようらん)期の状況がほの見えて、何とも興味深い。

 本書のタイトル「沃野(よくや)」の意図するところ…。そこから見えてくるのは、沖縄文学が多様性に富み、いかに豊饒(ほうじょう)であるかを踏まえたうえで、未来に向かってさらに進化し続けていく、との著者の強い思いである。思弁に頼らず、地道な研究に裏付けされた本書は沖縄文学を学ぶ者にとっての必読書と言える。

 (国梓としひで・作家、南涛文学会主宰)


 なかほど・まさのり 1943年テニアン島生まれ、元琉球大教授。著書に「沖縄文学の魅力」「ひめゆりたちの『哀傷歌』」など多数。