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<聴事(チチグトゥ)を求めて 組踊初演300年>108 地域と組踊(13) 先行作品を教科書に


<聴事(チチグトゥ)を求めて 組踊初演300年>108 地域と組踊(13) 先行作品を教科書に 「屋慶名大主敵討」で謡曲「三井寺」が流れる場面=2023年12月9日、浦添市の国立劇場おきなわ
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 組踊が創作されていく過程で、場面や音楽を先行作品から引用することで、新たな作品にも古典の組踊と同じ情景を描かせる、ということを示してきた。これは場面や音楽だけではなく、詞章や音楽に用いられる琉歌についても同じである。前回示した「勝連の組」は「二童敵討」の酒宴の場で踊られる曲の琉歌を「引句(ひきく)」している。このような「二童敵討」からの「引句」は「勝連の組」だけではなく、敵討を主題とした作品に見られる。

 例えば、「二童敵討」の亀千代の「胸に物思めば、色にあらはれる。油断すな互に 物思つめて」という詞章は、「忠士身替の巻」において「物思めば色にあらはれるためし(平安名大主の詞章)」や「万才敵討」では「油断さぬごとに、物思つめて(慶運の詞章)」のように詞章の一部をそのまま、もしくは少し変化させて「引句」していることが分かる。

 また、「二童敵討」からは前回示した護佐丸の遺児と母との別れの場面に歌われる「伊野波節」の琉歌、さらには亀千代の詞章「親の敵とやり、縦令死ぢ跡も、国のある迄や、沙汰ど残る」も「引句」されていることが指摘できる。

 これらのことを鑑みると、朝薫が創作した「二童敵討」は組踊の敵討を主題とする作品において、まさに教科書としての役割を持っていると指摘できる。組踊において敵討を主題とする作品は、全体の約6割におよぶ。このことから「二童敵討」は組踊に大きな影響を与えている作品といえる。

 翻って、組踊作品におけるオリジナリティーとはどのような物であろうか。「二童敵討」から「引用」や「引句」が見られる敵討を主題とした作品を例にすると、そのあだ討ちの方法が挙げられよう。親を殺された血縁のみであだを討つ作品(「二童敵討」「万才敵討」「姉妹敵討」)から、組踊は若按司を擁する家臣団によるあだ討ちの物語を生み出した。作品によってはあだ討ちの時期を決定するのに、夢のお告げ(「探義伝敵討」「束辺名夜討」)や神からのお告げ(「聟取敵討」「大城大軍」)によって決定する、という作品が生まれている。また、「矢蔵之比屋」では主人公の虎千代と母親の物語は「山中常盤」の物語の影響を色濃く受けているといえる。

 同じような日本の芸能からの影響をオリジナリティーとしている作品に「屋慶名大主敵討」が挙げられる。本作では劇中に能「三井寺」の謡が引用されている。引用されているのは張継の漢詩をもとにした「楓橋夜泊(ふうきょうやはく)」という部分で、組踊では漢詩ではなく、「三井寺」の母と子の再会を意図して用いられている。また、余談だが本作には「命ど宝ら」ということばが詞章にあり、「命どぅ宝」の用例の最も古い例が組踊にあることを指摘できよう。

 このように組踊は先行作品を教科書として、必ずオリジナリティーを加えて創作されてきたと言える。

(鈴木耕太、県立芸大芸術文化研究所准教授)