有料

生理用品から考える 好きな物を自分で選ぶ尊厳 「安い」を配る善意の雑さ、茜染めの色鮮やかな布ナプキン 上間陽子<論考・2024>


生理用品から考える 好きな物を自分で選ぶ尊厳 「安い」を配る善意の雑さ、茜染めの色鮮やかな布ナプキン 上間陽子<論考・2024> 「おにわ」で行われた茜染めの風景
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信

 季節が変わる頃、社会調査で出会った若い女性の家に掃除に行く。

 彼女は小さな頃に性虐待を受けていて、掃除をするのが少し苦手だ。でも何がどこにあるのか覚えるのが得意で、生活するには支障はない。それでも掃除が終わると晴れ晴れとした顔をして笑うので、時間を見つけて出かけて行く。

 一緒に部屋を片付けていると、なるほどと思うことが多い。もらった服を捨てられないのは、二度と手に入らないと思うから。虫が怖いのは、子どもの頃の家がゴキブリだらけだったから。お風呂場にたくさんのシャンプーとリンスを並べているのは、お風呂に入れてもらえなかったから。ベッドの上に毛布や服を積み上げるのは、自分を探す母親の恋人から隠れるためにベッドの中に潜りこんでいたから。カーテンを開けないのは、誰かに見られていると思うから。

 そういうことをひとつひとつ教えてもらって、彼女の窓から世界をみる。もうわかった。私はただ、あなたに生きていてほしい。

 季節の変わり目に、断捨離した物を「おにわ」で使いませんかと彼女の方から連絡が入る。コロナの頃に彼女は物資の支援を受けていたが、使えない物もたくさんあった。彼女が自分の家を整えようと思ったことや、私が運営する特定妊婦の出産施設の「おにわ」のことを考えてくれたことが嬉(うれ)しくて、いそいそと彼女の家に出かけて行く。

 整えられた部屋の一角に、よりわけられた缶詰や消耗品がまとめられている。それを袋に入れながら、使えなかった理由も教えてもらう。

 油の匂いが強いからこの缶詰は食べられない。アトピーが悪化したからこの柔軟剤は使えなかった。この生理用ナプキンを使うとカンジダ(症)が再発する。「カンジダとナプキンは関係するの?」と驚くと、「蒸れるのが駄目なんです。このナプキンは1時間取り換えないと再発します」と言う。「じゃあ同じものが10個もあるのはどうして?」と尋ねると、「どの団体でも配るのはこれです。知ってます? これが一番安いんです」と言うので、また驚く。

 生活が厳しくて生理用品を買えない女性の存在が話題となり、いくつもの支援団体がナプキンを配布するようになった。ナプキンが必要不可欠なものだとされるのは、女性の身体や経験が表舞台に現れることである。私はそれを前進だと思っていたけれど、やはりそうではないだろう。

 好きな物を自分で選びそれを使って暮らす日々は、その人の尊厳そのものだ。食べる物はこれ、使う物はこれ、と一方的に何かを渡す時、その人の好みやその人の日常は置き去りにされる。困窮しているといって一番安いナプキンを配る善意の雑さを思いながら、自分もまたそれをしてはいないかひやりとする。

 どんよりとした気持ちのまま、安いナプキンが身体に悪いなんて考えもしなかったと染色家の友人に話すと、草木染の布ナプキンを勧められる。布ナプキンは手入れしないといけないから、ハードルが高いなぁと言うと、身体に触れる布を草木で染めるのは気持ちがいいよ、と教えてもらう。

 「アカネという植物の根で布を染める茜染めというのがあってね。その布で自分を包むと、本当に包まれている感じがするよ。赤ちゃんのおくるみや肌着をおにわの子たちと染めてみて、これはいいと思ったら、今度はその子にも声をかけてみたらどうかな」

 とんとん拍子で、茜染めの日取りが決まる。

 天気のよい日、おにわの卒業生と大きな寸胴(ずんどう)鍋でアカネを煮出す。炒(い)ったお茶のような、香ばしい香りがあたり一面に漂い心地よい。鍋の中に布を沈め、それを引き出しミョウバンにつける。布を真水で洗って庭に干す。桃色がかかった朱色の明るい布が光を浴びて空を舞う。はためく布をみんなで眺めながら、赤ちゃんがいるおなかの中と同じ色だねとか、そういえば小さな子は赤が好きだよねと口々に話す。すべての人は、この色の世界からやってくる。

 木々の先には新芽がもう膨らんでいる。桜の幹は桃色になって芽吹きの時を待っている。色鮮やかな世界があなたを待つ。今年もまた新しい春がやってくる。

(教育学者)
(共同通信)