1983年から連載が始まった『美味しんぼ』は、80~90年代のグルメブームに一役買った漫画として知られる。ぐうたら新聞記者の山岡を中心に毎回料理や食材の蘊蓄(うんちく)が語られ、山岡とその実父・海原雄山が料理対決を繰り広げるという内容で、88年にはアニメ化されてテレビ放映が始まった。
そのアニメ版第114話『古酒(クース)』では泡盛が取り上げられた。高級酒に詳しい文芸評論家が、優れた文学を育んできた精神風土はウォッカやコニャックといった素晴らしい蒸留酒を持っている、と自説を披歴して日本の状況を嘆く。すると山岡は泡盛を挙げて評論家と口論になり、後日沖縄で何十年も寝かせた古酒の素晴らしさを紹介する。
さらに92年12月のスペシャル版『究極対至高 長寿料理対決!!』でも沖縄が舞台となり、実在の人物が描かれていた。長寿県沖縄の食生活を調べて料理のヒントが得ようということで、山岡たちはまず那覇市内の琉球料理専門店「まんがん亭」を訪れる。経営する郷土料理研究家の渡口初美が一行を迎え、シンジ料理(薬膳)を出しながら効能や作り方を解説する。そのきびきびとした口調は、筆者が知る生前の渡口のイメージをよく写していた。
続いて山岡たちは「流」球大学を訪れ、教育学部の尚弘子教授に話を聞く。尚はまず中尾佐助の「世界的に見て沖縄の食が普通、本土は特殊」という指摘を紹介した上で、沖縄では豚を余さず食べると説明する。さらに日常的な食材である海藻、薬草、そして島豆腐などをポイントとして挙げた。尚の研究室を辞した山岡たちは大衆食堂で沖縄の料理を堪能してから、南西航空機で石垣島へと向かう。
だが島に近づいた機上からは、赤土が海に流れ出る無残な様子が見える。しかも世界有数のサンゴ礁で知られる白保海岸には新空港の建設計画があり、反対派と推進派の間で対立が起きていた。サンゴ礁や豊かな海の未来を心配する一行の前に、推進派が海原雄山を案内して現れるが、雄山はリゾート開発企業の会長に向かって「自殺と長生きを両方願う愚か者」と言い放って立ち去る。それは長寿料理対決に向けた山岡への謎かけでもあった。
後日行われた対決では、燕(つばめ)の巣やフカヒレなど高級食材をふんだんに使った海原に対し、山岡は足てびちやゴーヤーチャンプルーといった、質素だが栄養価では劣らない沖縄の惣菜(そうざい)料理を中心に挑む。健康食志向が沖縄ブームと交差し始めた時期に、長寿の島の食文化を描きながらそれを環境問題に重ね合わせた一編となっている。
(世良利和・岡山大学大学院非常勤講師)