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沖縄のひずみと、押しとどめる人の善性を描く 群像新人賞・豊永浩平さんに聞く


沖縄のひずみと、押しとどめる人の善性を描く 群像新人賞・豊永浩平さんに聞く 豊永浩平さん(写真・嶋田礼奈) 受賞作が掲載された「群像」6月号。単行本は7月上旬発売
この記事を書いた人 Avatar photo 当銘 千絵

 沖縄を舞台にした小説「月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い」で、講談社の「第67回群像新人文学賞」に輝いた琉球大学人文社会学部所属の豊永浩平さん(21)=那覇市出身=に、小説誕生の背景や作品に込める思い、今後の展望について聞いた。

(聞き手・当銘千絵)

 ―受賞の受け止めは。

 「いろんな人に読んでもらって単行本化の動きもあり、とてもびっくりしている。自分自身はまだふわふわしている感じなので、実感がないですが」

 ―受賞作は、時代も語り手も異なる14の断章で構成されている。各場面で変わる主人公の語り口調や文体が実に多彩で驚いた。

 「作中では例えば、小学生のこうすけ君が主役の章では、子どもらしい語り口調でひらがなが多くなり、沖縄戦戦没者の描写では登場人物の口調が堅くなり、難解な語彙(ごい)も頻出する」

 「普段からなるべく幅広い書物を読み、勉強するようにしている。この作品は現在と過去のパートが入り乱れる構成だが、実は過去のパートは文体の元ネタみたいな作家が一人ずついて、参考にさせていただいた」

 ―受賞作は構想から執筆まで、どのくらいかけて描き上げたのか。

 「構想は3~4カ月かけて練り、実質書いたのは1カ月半から2カ月ほど。群像新人文学賞に間に合うように書いたので、手応えより書き終えた後の脱力感がすごかった」

 ―今作品は何作目か。

 「小説自体はこれまでにも書いていたが、今回が当たってブレークスルーになった。ちゃんと小説を書き完成したのがここ最近で、受賞作は3作目になる。これまでいろんな文芸誌に応募したこともあるが、結果は出なかった。ちなみに群像新人文学賞については中学生の頃に1度完成していないものを応募したことがあるが、それは全然だめだった」

 ―受賞作は戦中戦後の沖縄を舞台に、現在と過去をつなぐ壮大なストーリーだが、沖縄を題材にした作品は初めてか。

 「『月ぬ走いや―』含め、これまで完成させた3作はどれも沖縄を題材にしているが、今回のようにがっつり沖縄戦や学生運動について書き込んだのは初めて。いつかはきちんと沖縄の歴史に向き合わないといけないという思いがあった」

 「これまで90歳になるおばあちゃんから戦争の体験談を聞いたり、学校の平和教育などでも戦争について学んだりした。でも小説を書いているうちにちゃんと史実を調べてから書かないといけない題材だと痛感し、改めて歴史を調べ直しながら作品に向き合った」

 ―本のタイトルは沖縄の黄金言葉「月ぬ走いや、馬ぬ走い」(=光陰矢の如し)を採用した。タイトルに込めた思いは。

 「黄金言葉を使って書きたいと思っていた。作品の中で舞台が1945年から2023年まで時間が飛んでいくため、一つにまとめる言葉を探していた。それでタイトル回収じゃないが、話が徐々につながっていき、最後にこの言葉に結実するのがまとまるし、何が伝えたいのか分かりやすいのでこの言葉に決めた」

 ―執筆する中で大変だったこと、意識したことはあるか。

 「まずは構想段階で物語の序盤を書いてみた。最初の章のこうすけ君の一人語りを書いて、次の章の日本兵の話まで飛ぶところまで書いたが、思考がストップしてしまった。そこからちゃんと構想を練り直さないとって。『月ぬ走いや、馬ぬ走い』という黄金言葉と、旧日本軍の刀をキーワードとして、最後まで引っ張っていければうまくまとまるんじゃないかと思いついた時、歴史の長いスパンを扱うという心配から解放され、この二つがあるから大丈夫だと奮い立ったのを覚えている」

 ―作中に出てくる伊志嶺君のラップも聞いてみたいなと、勝手に音を想像した。現在のパートにはAwichやオレンジレンジなど県出身アーティストも登場する。

 「僕も普通の大学生なので。よりリアルな感じを出すのに効果的だと思い、実際にみんなが知っていたり、なじみのあったりするアーティストや曲を盛り込んだ」

 ―沖縄の現状についてどう考えているか。

 「戦争があったからこそ今現在も米軍基地があるというのが大前提。作中に出てくるこうすけ君もアメリカ人の血が混じるクォーターだし、母子家庭のなつきも決して裕福とは言えず、母親からの虐待に苦しむなど、沖縄で実際に起こっていることを描いた」

 「ただ、書いていて思ったのが、貧困の問題として単純に取り上げるんじゃなく、戦後から生まれたひずみが現在まで続いている側面と、タイトルに強調される言葉みたいに、それを押しとどめる人の善性、良心みたいな部分があるとも理解している。沖縄の問題が一つに地続きにあることと、その問題だけじゃなく、こうすけ君も戦争というか米軍駐屯がなければ生まれていない子どもなので、ただ単にどちらかが悪ではなく、問題が続いているけど、それを押しとどめる人もいて、単純にどっちが悪で善ではないということを書きたかった」

 ―今後の目標や活動は。

 「まだちゃんと沖縄のことを書き切れていないという思いがある。この土地で生まれ育った者として、沖縄という土地を題材にして一つの作品や世界観を作って提示できると思うので、沖縄を舞台にテーマを更新しながら書き続けていきたい。でも、いつかは沖縄だけじゃなく都会の話も書いてみたい。大学卒業後は上京して1年くらい執筆の武者修行をしようと考えている。東京で書いてみて、今後の先行き次第で仕事を探すかもしれないけど。まずはやることやって、そこから自分の道を決めていきたい」

 ―作品を手にとってもらいたい対象層はあるか。

 「幅広く読んでもらいたいですね。例えば若者には若者言葉でつづっている現代パートから入り込み、沖縄戦中のことや米統治下時代のことを知ってもらいたい。一方で、ご高齢の方には戦争体験のところから入り、現代のパートを読み、若者の世界も知ってもらいたい。この作品が沖縄だけでなく、県内外の幅広い人に読んでもらえればうれしい」

 受賞作「月ぬ走いや、馬ぬ走い」の単行本は講談社より7月上旬に刊行予定。


「21歳の巨大な才能」 編集者ら高く評価

 第67回群像新人文学賞を受賞した県出身の現役大学生、豊永浩平さんについて、同賞を担当する講談社の編集者らは「21歳の巨大な才能」や「今後が楽しみな新人が誕生した」などと高く評価している。

 群像編集部の北村文乃さんは琉球新報社の取材に「長く群像にいるが、これまでにない才能だなと最初に読んで直感した。普段、編集部以外の全員が応募作を読むことはないが、今回は全員が読んだ。社内でも大型新人が出てきたぞと大いに盛り上がった」と話す。

 同部の細谷亨平さんも「次々に迫り来る語りに翻弄され、魅了され、気付けばとりこになった」と作品を振り返る。単行本編集部の見田葉子さんは「とにかく面白いと社内でも話題になり、選考会でも珍しく誰一人バツを付けた人がいなかった。力量は認知された。今後どのような作品を世に生み出すのか楽しみだ」と期待を寄せた。

 (当銘千絵)