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<書評>『山城翠香 短命のジャーナリスト』 限られた資料で、生涯を丹念に


<書評>『山城翠香 短命のジャーナリスト』 限られた資料で、生涯を丹念に 『山城翠香 短命のジャーナリスト』高良勉編著 不二出版・3080円
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 山城翠香(すいこう)は、明治末から大正初期にかけて『沖縄毎日新聞』で活躍したジャーナリストである。38年の生涯は詳細が不明であったが、本書の編著者・高良勉氏の地道な調査によって知られるところとなった。

 本書は、編著者の論考と翠香の文章によって成る。「山城翠香論」は、限られた資料を駆使して翠香の生涯が丹念に描かれたことで、漢文調で難解な翠香の文章を読み解く道標(みちしるべ)にもなる。補論では翠香が私淑した田岡嶺雲との関係が論じられ、巻末には略年譜や、翠香が『沖縄毎日新聞』で担当したコラム「机上餘瀝」目録が掲載されている。

 各章の内容を簡単に紹介する。「机上餘瀝」の抄録では、思想・哲学・演劇・文学が論じられる。翠香は、明治44年の河上肇の講演を非難する論者を「小主観」と批判し、沖縄の人間が国家的観念に束縛されずに忠君愛国の思想を超越すれば、世界平和の理想に近づく、と独自の論を提示する。

 「山城翠香セレクション」では、乃木希典(のぎまれすけ)殉死批判、八重山マラリア問題に対する県知事批判、辻遊郭娼妓の美人投票に対する識者批判、沖縄初の衆議院議員選挙など多様な問題を取り上げている。「琉球に生れたる悲哀を告白して琉球民族の自覚時代に論及す」には、「他県人」から出身を問われて「沖縄県」と答えた後に、「何となく侮辱されたやうな心持ちになる」という表現を深く掘り下げ、ショーペンハウアーやダーウィンなどを援用しつつ、日本の中でどう生きるべきかと苦闘したことが描かれる。「『編輯日誌』『編輯の後』一覧」には、翠香の同僚との関係性や交遊関係にも筆が及び、当時の新聞人の息吹も伝わってくる。

 かつて屋嘉比収氏が「沖縄学の群像」(鹿野政直)を代表する人物を一覧表にまとめた際、沖縄在住の沖縄学第2世代の基礎資料が未整備であると指摘した。昨年、著作集が出た伊波月城(げつじょう)や著作集未刊行の末吉麦門冬(ばくもんとう)らの文章と合わせて本書を読むことで、沖縄近代のジャーナリズム史と文芸思想史の双方に新たな地平が切り開かれていくことだろう。

 (我部聖・沖縄大学准教授)


 たから・べん 1949年南城市玉城生まれ。詩人、批評家、沖縄大客員教授。詩集「岬」で第7回山之口貘賞受賞。詩集「群島から」や評論集「魂振り―琉球文化・芸術論」ほか著書多数。