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<書評>『蕾のままに散りゆけり 対馬丸から生還した教師の魂を娘が辿る』 悲劇と苦悩と美化の是非


<書評>『蕾のままに散りゆけり 対馬丸から生還した教師の魂を娘が辿る』 悲劇と苦悩と美化の是非 『蕾のままに散りゆけり 対馬丸から生還した教師の魂を娘が辿る』上野かずこ著 悠人書院・1980円
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 映画『骨を掘る男』は秀逸な作品だ。その監督・奥間勝也さんがNHK沖縄放送局のインタビューに答える映像を見ていて、はたと気づいた。私もまた「戦没者の遺族」だと。

 母方の祖父の兄は戦艦大和に乗って戦死。その前は中国で千人の兵士を指揮した隊長だったというのは、親戚の間では武勇伝として誇らしげに語られていた。与論島で生まれ育った大伯父。かなりの努力をして得られた地位だったのかもしれないが、未亡人となった大伯母は国からもらった恩給で一人息子を医学部に入れて医師にした。遺族である私の親戚は、戦没者が大陸で行ったであろう加害については誰も思いが及ばない。ただただ早過ぎる死を悼み、美談に酔いしれていた。

 さて80年前の対馬丸事件。当時、学童引率教員として乗船し、一命を取り留めた新崎美津子さん(享年90)の娘、上野かずこさんが本を出した。栃木県在住の著者は対馬丸事件の語り部をしながら、荒井退造警察部長の顕彰活動もしている。本書で荒井は「沖縄戦において20万人の沖縄県人を救った」とか「沖縄の恩人」とある。しかし実際はどうだったのか?

 私は『沖縄県知事島田叡と沖縄戦』(川満彰・林博史著)を買って読んだ。著者たちは客観的かつ冷静に検証しながら、こう書いている。

 「虚像を作ってかれらを称えるのではなく、また美化するのではなく、冷静に議論しなければならない」

 この見解には、沖縄戦の実相を学ぶ途上の私も全く同感だ。

 「誰にも知られず、あの地平線の下で生きていきたい」と苦悩した新崎さんの思いや、対馬丸の悲劇から派生した両親間のあつれき、人生を狂わされた祖父母。それらを豊かな表現力で丁寧に書籍としてまとめたことは素晴らしい。だが、荒井についての言い分にはどうしても同意できない。4年前に対馬丸記念会は著者を語り部として認定したが、荒井の話は対馬丸とはまた別の話である。真の平和を希求するための活動であれば、対馬丸に荒井美化論をまぶさないでほしいと切に願う。

 (中川みどり・対馬丸記念館受付事務)


 うえの・かずこ 1947年熊本県生まれ。東洋女子短期大学英文科卒。2015年より対馬丸事件の語り部を始め、20年に公益財団法人対馬丸記念会・対馬丸語り部認定を受ける。