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<聴事(チチグトゥ)を求めて 組踊初演300年>119 組踊における話芸(9) 2人のマルムンが対話


<聴事(チチグトゥ)を求めて 組踊初演300年>119 組踊における話芸(9) 2人のマルムンが対話 「姉妹敵討」に登場するマルムンの上原と崎間=1990年、琉球新報ホール
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 前回(8月14日付)まで論じてきた「花売の縁」では動きで笑いを誘う「猿」と、笑いはないが作品における重要な事柄を伝える「薪木取(たきぎとり)」の2役が登場する。この2役の引用と思われるのは、田里朝直作品の「北山敵討」「大城崩」であると前回で論じたが、作中にマルムンが2役登場するのは、後述する「姉妹敵討」のマルムンや「北山敵討」の「加那筑(かなちく)」と「犬」(この犬を人が演じる場合)である。また「花売の縁」におけるマルムンを2役登場させるという趣向は、田里作品が大いに関係していると考えられる。

 組踊における「マルムン」はこれまで論じてきた「大川敵討」「花売の縁」が初演されたこの時期(1800~1808年)にさらに進化する。「姉妹敵討」には、果たし合いの会場を掃除するために「上原」と「崎間」という2人のマルムンが登場する。これまでの組踊ではマルムンは1人で登場し、観客に対してストーリーテラーの様に「語る」役や、マルムン以外の役と対話形式で語るという方法が採られてきた。しかし「姉妹敵討」では上原と崎間が掛け合い漫才の様にマルムン同士の対話形式で詞章を展開するのである。上原と崎間の詞章の冒頭部分は次のようである。


 上原 言葉庭箒持出ル
 一 このたひや伊佐喜友 名の馬番。けふ伊佐村の 亀松乙鶴兄弟たひ。謝名
 の大主と打合仰すのあて。
 御見物場の御払除にいき ゆん。はい〳〵崎間へい。
 あれ〳〵むて四方八方か
 らしゆくのよゝることし
 よてきよる見物人
 崎間 言葉手桶柄杓持出 ル
 一 さても〳〵おひたゝ しいこと。かんにやいる おほことやおほちはあか らの噺もきかぬ


 詞章は、上原による「名乗り」で上原・崎間が伊佐喜友名の馬番であること、「姉妹敵討」の主人公である亀松と乙鶴姉妹が父の敵である謝名の大主と果たし合いを行うこと、上原・崎間の2人は果たし合いの見物場の掃除を命じられて、それを実行することが語られる。

 そして重要なのはその次の詞章である。上原は崎間に、周りの状況を説明する。姉妹と謝名の大主との果たし合いを一目見ようとやってくる見物人が、「四方八方」からやってくるのだが、その様子はまるで「しゆくのよゝること」である、と言っているのだ。「しゆく」はアイゴの幼魚である「スク」で、「よゝること」とは「寄ってくる様に」である。大勢の人々が押し寄せる様子を、旧暦6月1日や7月1日いずれかに一度押し寄せるスクを群集の比喩として用いており、琉球らしい笑いとなっている。

 そしてそれを受けた崎間はその人の様子を「おひたゝしいこと」と大げさに表現し、このような大事はご先祖さまからも語り継がれてない、と返している。この冒頭だけでも琉球の「話芸」が深化していることを考えさせられる。

(鈴木耕太、県立芸大芸術文化研究所准教授)