机の引き出しを開けると、いつもの場所に消しゴムはんこがある。おかっぱ頭の女の子がにっこり笑い、その下に名前が彫られている。
浦添市内の中学校にいた頃、リカコ(仮名)という生徒がいた。彼女は場面緘黙(かんもく)症で、発語が一切なかった。いつも長い黒髪を後ろで束ね、相談室の椅子にじっと座っていた。私は発語を促さないように気をつけながらも、お天気のことや昨晩のばかげたテレビの話、当時4歳だった娘の写真を携帯画面で見せたりしていた。
ある日、いつも手ぶらのリカコが紙袋を持ってきた。袋から真っ白な大小の消しゴムがゴロゴロ出てきた。消しゴムはんこの材料だとすぐに分かった。
彼女はカーボン紙に濃い目の鉛筆でイラストを描き、ひっくり返して指で擦りながら消しゴムに移していく。感心して見ていると、彫刻刀を使い器用に彫り始めた。そしてアッと言う間に仕上げると、青色のインクをたっぷりつけて積み木に丁寧に押印し、反対面に消しゴムを貼り付けた。それからは登校するたび、私の存在を忘れたかのようにせっせと彫り続けていた。そうして1時間きっかりにお迎えが来て帰ってゆく。
しかし、その日は無表情のまま作ったものを私に差し出してきた。私の子どもの顔と名前があった。(えっ? 前にチラッと写真を見ただけで作ったの?)。彼女の感情の豊かさに触れた気がして、うれしかった記憶がある。
リカコと会うのも今日で最後という日―。やはり一言もしゃべらなかった。声を聞くことはなかったが、卒業していく後ろ姿を見送る私はとても温かい気持ちに包まれていた。