「島ぜんぶでおーきな祭 第16回沖縄国際映画祭」で上映、本部町・藍染め工房舞台の「あいをたてる」(2ページ目)


この記事を書いた人 アバター画像 饒波 貴子

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意見を出し合う撮影がローカル映画の強み

―主役の2人を起用した理由を教えてください。

監督:松田さんとは以前セカンドディレクターを務めたドラマでご一緒したことがあり、お芝居がかなり素晴らしい俳優さんだという印象。いつかご一緒できたらいいなと当時から思っていました。今回監督として地域映画を製作する事になり、この年代の役者さんだったら松田さんにお願いしたいと思いオファーしたんです。やっていただけるという返事が来ました。相手役の山内くんは彼が所属する「演撃戦隊ジャスプレッソ」という劇団が素晴らしくて、面白くて良いお芝居をするな~とずっと思っています。彼以外のメンバーをメインキャストで起用した作品があり、いつか山内くんでできないかなと思っていたので「人を好きになったことのない人間」として描いた役を演じてもらうのは面白そうだと思い、お願いしました。

松田:当て書きに近い感覚でしたか?

監督:そうですね。やりやすいだろうと思い、若干当てました(笑)。

―撮影期間や準備について教えてください。

松田:2023年の11月、肌寒い時期に撮影しました。

山内:約3日という短期間でしたね。

監督:短編なので短い撮影期間でしたし、コンパクトに撮れたのは全部本部町内で撮影できたからです。「藍建て」の壺の中は期間内には撮れなかったので、数カ月後にカメラマンと2人で行って撮影し、その映像を差し込みました。

松田:3日間という短い中で、ギリギリまでセリフを練ったり良くなるようにと最後まで話し合ったり、コンパクトでしたがその分みっちり取り組みました。

監督:本当にそうでしたね。松田さんに最初にお会いした作品は与論島で撮影しましたが、クライマックスのお祭りシーンが台風で中止になりました。その時は「明日の撮影どうしよう!?」と、松田さん含めてみんなで脚本を考える時間になったんですよ(笑)。そんな対応もしてくれた松田さんなので、直前まで一緒に作品をつくることができる俳優さんだと思っていました。山内くんも含め、みんなそういうメンバーでしたね。大バジェットのメジャー映画は脚本家がいるなど、少しの変更でもいろいろ経由しなければいけない面があります。ですがローカル映画はみんなで意見を出し合って考えるなど、ある意味自由に映画づくりができる環境だとは思います。沖縄で撮る強みだといえるでしょうね。

県民に映画文化を示してくれた「沖縄国際映画祭」

―今回で「島ぜんぶでおーきな祭 第16回沖縄国際映画祭」が終了となります。思い出などを教えてください。

松田:映画祭の時期だな~と、毎年春に口にするようになっていました。一年のスケジュールの中に沖縄国際映画祭が行事のように当たり前に入っていたので、なくなるのは少し寂しい気持ちです。でも16年間も続いて、私たちの日常に浸透するほど沖縄を盛り上げる大きな催しだった、と実感します。

山内:僕は今回が初参加で、本当に楽しい気持ちになりました。多くの人が映画を見に来てくれて、これが最後だと思うと寂しいです。沖縄国際映画祭がなくなっても、もっといろんな作品に出ていろんな人に見てもらうために頑張りたいという気持ちになっています。

監督:16年間という長い年月の開催で、沖縄にも映画文化があると教えてくれたと思います。僕が映画監督を目指したのは外国映画がきっかけで、どうしても外国や本土の作品に目が行き沖縄の映画は何も知らない状態でした。でもこの映画祭が続いたことによって、メジャー作品を含めて映画文化が沖縄の人に近くなっていった良さがあると思っています。大きな功績ではないでしょうか。僕は引き続き沖縄でもたくさん映画を作り、県民はじめ全国・全世界の方に沖縄にも面白い映画があるよとアピールを続けていきます。

インフォメーション

『あいをたてる』

※「OCVB 沖縄フィルムオフィス」YouTubeチャンネルにて配信中

地域発信型映画『あいをたてる』

2024年/日本
監督:平一紘
出演:松田るか、山内和将、城間やよい、岩田勇人、ちあき(ハイビスカスパーティー)、玉じゅん。、大田享、星田英利

(C)沖縄県
(C)沖縄県
饒波貴子 のは・たかこ

那覇市出身・在住のフリーライター。学校卒業後OL生活を続けていたが2005年、子どものころから親しんでいた中華芸能関連の記事執筆の依頼を機に、ライターに転身。週刊レキオ編集室勤務などを経て、現在はエンタメ専門ライターを目指し修行中。ライブで見るお笑い・演劇・音楽の楽しさを、多くの人に紹介したい。