『証言 沖縄スパイ戦史』 「虐殺者」の両面性を追う


社会
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『証言 沖縄スパイ戦史』三上智恵著 集英社新書・1870円

 衝撃的なドキュメント映画「沖縄スパイ戦史」を世に問うたジャ―ナリストで映画監督の三上智恵さんが、10年間の取材を終え同名の「証言 沖縄スパイ戦史」を出した。760ページ、新書版としては異色の重量感あふれる大著に仕上がっている。本書のタイトルは、「スパイ戦史」と銘打たれているが、これは本島北部で展開された「秘密戦」や「遊撃戦」と呼ばれるゲリラ戦の中で浮かび上がった住民スパイ視と残虐行為を総括する三上さんの造語だ。

 本書は大きく3本のテーマから構成されている。一つは、沖縄戦当時北部でゲリラ戦を展開した陸軍将校(中野学校卒)に率いられ「護郷隊」に参加した少年兵の証言である。同部隊には、少年(14―17歳)を中心に約千人が動員され、「豆兵隊」とも呼ばれた。豆兵は、民間人に化け、兵士よろしく敵に向かい、傷つき倒れたら、「アンマー」と叫び息絶えたという。

 通常なら1冊にも及ぶ分量の関係者インタビューが掲載されているが、類書と異なる仕掛けがある。それは、彼らは、兵士なのか民間人なのかという問いだ。軍人と住民とでは、証言は大きく違ってくる。本聞き取り調査は、県民だからという安易な考えはとらず、過去の沖縄戦証言の間隙(かんげき)をついている。

 二つ目のテーマは、沖縄本島北部の戦場地で恐怖支配の中で民間人を殺りくしたという3人の将校たちの戦場と戦後談だ。3人とも北部地区で戦闘に参加した「知的エリート」だが、三上さんはここでも「虐殺者」の両面性を追っていく。しかしどうも彼らの評価は高く、とても断罪できる人間ではないようだ。彼らに人間的な息吹を感じ、温かな血を感じるのに時間はかからない。三上作品が共感を呼ぶのは彼女がいまだ鎮魂の作業を続けているからだろう。

 そして三つ目のテーマは、人間の恐怖心をあおり、県民を死へと追い込んだ「スパイ戦」が、形を変えて南西諸島に届いていると警鐘を鳴らしていることだ。これら三つのテーマは、75年間の沖縄戦研究の今後の道標となるべきものに違いない。

(保坂廣志・翻訳家、沖縄戦研究家)

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 みかみ・ちえ ジャーナリスト、映画監督。2014年琉球朝日放送のキャスターから映画監督に転身。「標的の島 風(かじ)かたか」「沖縄スパイ戦史」(共同監督作品)などを劇場公開。キネマ旬報文化映画部門第1位を2度受賞。

 

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