意図せず日本に漂着した琉球人が、対応に当たった日本人らに語ったこととは何か。本書は、18世紀に土佐藩に漂着した琉球人の供述書を中心に、近世日本にもたらされた琉球と中国情報の内実に迫るものである。本書の特長は、1762年に土佐宿毛(高知県宿毛市)の大島につなぎ止められた琉球漂着船の乗組員からの聞き取りなどを基にまとめた『大島筆記』を始めとする漂着関係資料の翻刻と研究を総合的に行った点にある。編者が近世琉球全般のまとまった地誌資料と評するように、『大島筆記』は、18世紀の琉球の風俗・年中行事・産物・文芸などの情報を網羅した豊かな世界を持っている資料と言える。そのほか中国情報も多岐にわたって記載されており、一級資料とみて間違いない。
本書は、漂着資料を活字化した翻刻編と、論文をまとめた研究編の二部で構成されている。翻刻編には、『大島筆記』と関連資料が掲載される。『大島筆記』は国会図書館所蔵本を底本とし異本と校合(きょうごう)して翻刻されており、信頼できるテキストが示された。研究編には、漂着記録の書誌的研究、土佐漂着の琉球人の動向を論じる研究、琉球人の唐旅見聞録に関係する研究、日本漂着の琉球人に関する研究があり、日本に漂着した琉球人の歴史的背景や『大島筆記』をはじめとする漂着記録の全体像を把握できるようになっている。また、『大島筆記』にある「組合術」の記事を巡る近代以降の空手(唐手)研究を分析した研究、琉球語の言語変化についての研究がある。
これらは、幅広い内容を持つ『大島筆記』等を読むために重要な論考であろう。これまで漂流漂着研究は、とりわけ歴史学の分野では、国内統治や対外関係の実態を明らかにするために進められてきた。そこから得られた知見は多大だったが、本書では、当時の琉球人の生活のほか、漂着地における琉球人と日本人との交流、さらには琉球・日本間の文化伝播(でんぱ)といった点が深く追求されており、漂流漂着研究の可能性を広げたと評価できる。今後、漂流漂着研究の必読書となるだろう。
(麻生伸一・沖縄県立芸術大学准教授)
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しまむら・こういち 1954年生まれ。立正大学教授。専門は琉球文学・琉球文学史。琉球歌謡、琉球の「歴史」叙述、江戸期の琉球認識を中心に研究。主な著書に『「おもろさうし」と琉球文学』、『琉球文学の歴史叙述』、『おもろさうし研究』など。