いじめの救い描かず「やりきれなさ感じて」 映画「子どもたちをよろしく」統括、寺脇研さんに聞く


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映画「子どもたちをよろしく」の製作意図を語る寺脇研氏=24日、那覇市泉崎の琉球新報社

 元文部科学官僚の寺脇研氏と前川喜平氏が企画した映画「子どもたちをよろしく」(隅田靖監督・脚本)の公開が25日、那覇市の桜坂劇場で始まった。家庭内暴力や子どもの貧困など、学校外で起きている問題からいじめを捉えた社会派作品で、子どもたちが置かれた苦しい状況をリアルに描く。統括プロデューサーの寺脇氏に製作意図を聞いた。

 ―作品の中で、いじめられる側の子は父子家庭で父親のギャンブルによる貧困で苦しんでいる。いじめる側の子も家庭内暴力に耐えている。

 「子どもは学校のいじめだけで自殺するのではない。親との関係性、地域社会からの孤立など、いろいろな条件が積み重なっている。学校や家庭、地域のみんなで見ていかないと、子どもは救えない。学校の責任は免れないが、家庭や地域も含めて考えないと解決しない問題だ」

 ―いじめがテーマだが、学校の場面は出てこない。

 「最初から学校のシーンはやらないと決めていた。いじめに対し、先生の責任は大きいが、子どもの24時間に対して、先生が責任を持つということはおかしな話だ。下校後の責任を先生に負わせるのは酷だ。全ての大人に責任がある。学校が出てこないことに多くの人が気付くが、もう少しよく見ると、地域社会の関わりが薄いことにも気付くはずだ。悪い大人は一人も出てこない。出てくるのは『弱い大人』だ」

 「小泉政権以後、新自由主義の登場で弱い人は助けなくてもいいという変な自己責任論が出てきた。本来、自己責任は自分で選択し、判断し、その責任を自分で負うという意味だった。職業や結婚相手を親に決められるような社会ではなく、人間の尊厳を大切にし、自分で決められるという意味だ。今は弱い人を切り捨てることに使われる。弱い人を社会全体でケアする、せめて子どもだけを助けることがあっていい」

 ―映画の結末は暗く、重苦しい。

 「まともな大人が出てきて子どもを助けると『よかったね。こういう大人がいて』で終わってしまう。映画に一切救いがないから、見た人が何とかしようと思う。子どもたちが置かれた現状を見て、やりきれなさを感じてもらうために作った映画だ」

 ―映画を見た人は、何をすればいいのか悩む。

 「貧困に苦しむ子どもたちに無償で勉強や習い事を教える運動がある。映画に出演した有森也実さんは、その運動の中でクラシックバレエを教えたいと言ってくれた。小さなことでもいい。見てくれた人が自分にできることはないかと考えてほしい」

 (聞き手 稲福政俊)

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 桜坂劇場での上映は8月7日まで。