『黒船来航と琉球王国』 もう一つの日本「開国」史


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『黒船来航と琉球王国』上原兼善著 名古屋大学出版会・6930円

 日本人の多くは果たして知っているだろうか、浦賀来航以前にペリー艦隊が那覇に来ていたこと、ペリーは琉球の植民地化を最初から計画に入れていたこと、那覇港埠頭(ふとう)に「踏み絵」の痕跡が遺されていたこと、運天「開港」がフランスやオランダから要求されていたことを。

 幕末期日本の「開国」は欧米列強の「外圧」による結果だと通常人々は理解している。だが浦賀交渉の前史として琉球王府への列強による「開国」要求と交渉があったことは歴史家のあいだでもしばしば軽視されてきた。

 さらに琉球への「外圧」にはキリスト教布教要求という別の要素が加わっている。しかも琉球の場合は薩摩藩を通じて日本の「鎖国」体制の防波堤としての役割を担わせられるという「内圧」の影響が大きかった。幕末の琉球国はこうした「内圧」と「外圧」のはざまでぎりぎりの外交交渉を展開していたのだ。

 本書が対象とするのはアヘン戦争に始まる東アジアの危機の時代である。琉球史研究では英仏両国の宣教師滞在からペリー来航そして米仏蘭三か国との条約締結あたりまでを「異国船来航期」と呼んでいる。

 本書はこの困難に満ちた時代を真正面から描いた、おそらく最初の専門書である。

 本書が依拠する史料は『琉球王国評定所文書』『球陽』『鹿児島県史料』『琉球外国関係文書』『大日本維新史料』などだが、琉球側の記録だけでなく幅広い史資料を探索し、利用したことで琉球史と日本史の双方に重要な貢献をなしたと言える。

 本書はもう一つの日本「開国」史なのである。

 宣教師ベッテルハイムをめぐる王府や民衆の動きも立体的に描かれている印象を受けた。

 本書をひもとくことで、歴史を評価する際の視点の複合性、複眼的視座の重要さに読者が気づいてくれたら、著者のもくろみはなかば成功したと言えるだろう。

 琉球史研究の最年長者の一人である兼善先生が全力投球して本書を世に送り出したことを心から喜びたい。

(栗野慎一郎・浦添市立図書館沖縄学研究室専門員)

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 うえはら・けんぜん 1944年、那覇市出身。日本史学者、岡山大学名誉教授。2020年2月、第37回東恩納寛惇賞受賞。「近世琉球貿易史の研究」(2016年)が角川源義賞、日本近世の研究書を対象とする徳川賞、日経・経済図書文化賞をトリプル受賞。