首里城火災「知人を失うような感覚」プロ野球選手・山川穂高さん


この記事を書いた人 Avatar photo 田吹 遥子
山川穂高選手=2019年

 首里城焼失1年。プロ野球選手で埼玉西部ライオンズの山川穂高さんがメッセージを寄せた。

 僕は那覇市首里の出身なので、首里城は僕にとっては親のような存在です。昔から当たり前に存在しているものがなくなるというのは「一種の死」というのでしょうか、知人を失うことと同じような感覚でした。

 火災は友人のグループLINE(ライン)で知りましたが、初めてニュース映像を見たときは「うそでしょ」と声が出ましたし、ビックリしたというのが正直な気持ちです。

 燃えている姿を見て、いま自分に何ができるかと考えたときに、寄付や呼び掛けが第一だと思ったのですぐに動きました。

 いま少しずつ再建が進んでいると聞いていますが、昔の人が積み上げてきたものを大事にしながら、また新しい技術も取り入れて歴史と新しいものを兼ね備えた首里城になってくれたらいいなと思っています。

 (事故が)起きてしまったことは受け止めて、みんなで協力していくことが大切です。首里城に限らず、これからも何かあったときには県民のみんなで助け合っていくことができれば、それが一番だと思うので、僕も一緒に頑張っていきたいです。