<書評>『御願本の決定版!! 年中行事と御願』 沖縄の風習、網羅し継承


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『御願本の決定版!! 年中行事と御願』高橋恵子著 沖縄時事出版・2200円

 年を取ったせいだろうか、昔のことがふっと思い浮かんできて、驚くことが多くなった。季節や日時ははっきりしないが、祖母が屋敷の四隅や母屋、離れ、家畜小屋の屋根にサンを刺し、何かを唱えている背後でじっとしていたこと、大急ぎで戻ってきた母が豚小屋に回り、鳴き声が上がった後、ほっとした顔をして、家に入ってきたこと、さらには、たびたびかまどの前で唱え言をしている母に声を掛けるのがためらわれ、もじもじ、うろうろしていた、といったようなことなどである。

 若い時分も、祖母や母のことをふっと思うことがなかったわけではない。しかし、その時は、雑用に追われながら、よくそんなことまでやり遂げることができたものだと、ふびんに思っただけで、彼女たちが執り行っていたことの真意までは思い及ばなかった。それが今、祖母や母は何のために、そんなことをしていたのだろう、と気になりだしたのである。

 そんな時、高橋さんの本に出合った。そして氷解したのである。サンを刺して歩いたのは「シバサシ」といい、旧暦の8月16日に行う、悪霊をはらう行事であること、母が家に入る前に豚小屋に行ったのは目に見えないものを見たからで、悪霊をはらい、魂を守護するためであったこと、そして台所で唱え言をしていたのは「ヒヌカン(火の神)」に、家族を守護してくださるようお願いしていたのだといったことが。祖母や母のありがたさが、あらためて身に染みてくるばかりである。

 祖母や母が執り行っていたことはそれこそたくさんあった。そして、高橋さんの本には、そのような習俗や年中行事のことごとくが取り上げられていて「その行事や御願ごとの意味、手順、方法、供え物・グイスなどが」よく伝わるように書かれている。本の最大の特徴はそれぞれの場でなされる「グイス(祈りの詞)」にある。うれしいのは「グイス」を方言ではなく、共通語で唱えても構わないとし「真心を込めて」行うのが「肝要」だとしていることである。

(仲程昌徳・元琉球大教授)


 たかはし・けいこ 1946年本部町生まれ。図書館司書、塾講師を経て沖縄文化協会会員。ラジオやテレビ番組などで「沖縄の御願」について講演・講座を行う。88年に沖縄文化協会賞(金城朝永賞)受賞。