新型コロナウイルスの影響で活動が制限され、アーティストにとっても厳しい状況が続く中、歌手のAwich(34)=エイウィッチ、本名・浦崎亜希子、那覇市出身=は、自らの使命のように黒人差別の撤廃を訴える「ブラック・ライブズ・マター」(BLM)運動に心血を注いだ。「黒人たちが『犯罪者化』されている実情がある。結局、システム的な差別がはびこっている」。黒人の夫と暮らし、その現実を目の当たりにしてきた。そんな自分だからこそ、できることがあるはず。そう信じて、歌い続ける。
米国で出会った夫は14歳年上。Awichには内緒で悪い仲間たちとつるんでいた。結婚もして、子どもも生まれ、そういう生活から抜け出そうとしていたが、夫は抜け出せなかった。経歴が良くないことで、いい仕事に就けなかった。そんな中、2011年6月、仲間のいさかいに巻き込まれ、夫は銃殺された。
結婚後、自身も黒人社会の中で暮らした。そこで見えたのはシステムに問題があるということだった。奴隷として連れてこられた黒人たち。奴隷制度は廃止されても、貧困の中で育ち、いい教育も受けられない。それが何世代も再生産され、抜け出せない現状があった。
「私は問題があると言える立場。私にもできることは言葉を伝えること。音楽で気づきを与えること」。それが自分の役割だと感じた。
20年、新型コロナウイルスの感染拡大で人々の間には見えない壁ができた。米国では米大統領選のさなかに、黒人男性を警察官が射殺する事件が起こり、人種間、価値観の分断が指摘された。
その真っただ中の20年7月、Awichは満を持してメジャーデビューした。同年8月に発表したミニ・アルバムには、「目覚める」などの意味がある「Awake」という曲を盛り込んだ。「10%が作る線を残りはあくせくとスワロー(信じ込む)」と歌い、虚構によって争い、分断させられる現状を皮肉った。
そして年末には希望を未来に託した。歌手のAIが歌う「Not So Different」のリミックス版に客演で登場し、年末の音楽番組への出演を重ねた。この曲名の意味は「私たちはそんなに違わない」ということ。違いを乗り越え、自由で寛容な世界への願いが込められる。
この中でAwichは自らの体験を踏まえた強烈なメッセージを放った。「だって誰だって皆、ストーリーがあって、人に言えなくて、イタミを抱えて。それがアンガー(怒り)、ジェラシー(嫉妬)、ヘイト(憎悪)になってしまう前に今…」「あの日の銃の代わりに花束を」 (敬称略)
(仲村良太)