創業100年の畳店に波瀾万丈の歴史 廃藩置県後に石垣で開業、那覇に移転後に10・10空襲・・・


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島袋たたみ店創業から100年を迎える島袋正四さん(右から2人目)と圭太さん(右)、泰宏さん。手前の畳は故・公吉さんが1947年ごろ手作りした畳床=日、那覇市松尾

 【那覇】那覇市松尾の那覇高校近くにある「島袋たたみ店」は、1921(大正10)年の創業から今年で100年を迎える。戦争などを乗り越え、2代目の島袋正四(まさよ)さん(87)から、現在は息子2人が家業を引き継いでいる。子どもの頃から畳に慣れ親しんできた3代目の圭太さん(50)と、弟で営業部長の泰宏さん(47)は「技術を高め、畳の良さを広めたい」と意気込む。

 店は、正四さんの父・公吉さん=故人=が石垣島で創業した。一家は首里のサムレー(武士)だったが、1879年の廃藩置県後に生活に困り、石垣に住んで店を始めたという。大正から昭和に変わる1926年ごろ、那覇の西本町(現在の西町)に移転した。

 正四さんは少年時代から畳に親しんで育ち、畳作りを手伝った。しかし太平洋戦争では、宮崎県に学童疎開していた44年10月10日、10・10空襲で店が焼失する被害があった。正四さんは戦後、米軍基地の軍作業などを経て家業を継いだ。
 畳の注文は県内だけでなく、海外からもあり、多くの人が畳作りを学びに来たという。店は立ち退きなどで那覇市内を転々とし、現在の場所は2011年に移った。

 沖縄の歴史と共に時代を経てきた店内で、正四さんは100年を「波瀾万丈(はらんばんじょう)」と振り返る。「畳店は資本金がいらず、腕一本で開業できる」と話すが、そこには職人としての誇りもにじむ。

 最近は生活様式が洋風に変わり、畳の需要が減っているという。コロナ禍で、各家庭への来客が減り、畳の張り替え注文も減少している。畳作りは創業時の手作業から機械化され効率は上がったが、1枚30キロある畳の運搬は体力勝負。後継者不足の課題もある。

 それでも圭太さんは「客が気持ちよく過ごせる仕事をしていきたい」と語り、泰宏さんは「畳の生活も居心地がいい」とPR。100年の重みを胸に、未来へ希望をつなぐ。 
  (金良孝矢)