<シネマFOCUS>ファーザー 認知症の目に映るもの


この記事を書いた人 Avatar photo 田吹 遥子

 明日はわが身だよとどこからか声が聞こえる。それでも明日はまだまだ遠いとひとごとのように見ていたら大いに混乱した。娘は何度介護人を頼んでもうまくいかないのは自分のせいだという。時々、娘が知らない他人と入れ替わる。

 嫌いな娘の旦那も昨日と今日では人が違う。どうせ嫌いなやつだからいいけれど自分をぞんざいに扱うこいつは不愉快だ。今度の介護人は末娘のルーシーに似ている。久しぶりに愉快だ。だが来たのは似ても似つかぬ別人。81歳のアンソニーの記憶は徐々に薄れ混濁していく。

 全てはアンソニーの目に映るもの、アンソニーの感情で描かれていくから混乱は免れようもない。アンソニーの立場に立ってみれば、不可解でしかない連続がただただ恐ろしかろう。知らない、理解できないと安易に言いたくない自意識は健在だったりするから困難から逃れる術(すべ)がない。そんな父親を目の当たりにする娘も切ない。

 アンソニーを演じるアンソニー・ホプキンスの演技を堪能。監督はフロリアン・ゼレール。(スターシアターズ・榮慶子)