[日曜の風・香山リカ氏]沖縄戦 思いはせて 忘れてはならない過去


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 前向きに考えれば、現実は変えられる。

 今ではすっかり一般的になったこの考え方を広めたのは、アメリカのピール牧師だと言われる。今から70年前に出たその著作「積極的考え方の力」は、いまだに世界で広く読まれているようだ。

 もちろん、この「前向き思考」自体は悪いものではない。過去や暗い考え方にこだわりクヨクヨせずに、「私は絶対にやり遂げられるはず」と未来を見つめてがんばったら問題が解決した。そんな経験は誰にでもあるだろう。

 とはいえ、全てをこれで済ませてよいはずはない。個人や社会、国にも、忘れてはならない過去、こだわり続けなければならない問題もある。

 今年も、熾烈(しれつ)を極めた沖縄戦の季節がやってきた。特に敗色が濃厚となった6月には、ひめゆり学徒隊の「集団自決」などの悲劇が一層集中している。

 そんな話をすると、「前向き思考」の人たちはこう言うのかもしれない。「それっていつのこと? 76年前? いつまで過去にこだわるの? 未来に目をやって生きようよ」。しかし、これは間違いだ。たとえ100年たとうが、私たちは「なぜ戦争が起きたのか。なぜ沖縄だけが地上戦の戦禍を被らなければならなかったのか」と考え続けなければならない。そうしなければ、本当に明るい未来などつくることはできないからだ。

 コロナ禍で、多くの人が「今の命、今の生活」を守ることで精いっぱいの状況が続いている。これから東京で予定されるオリンピックという世紀の祭典がどうなるのか、という問題もある。ただ、その中でもひととき、沖縄戦に思いをはせることはできるはずだ。

 過去にこだわり、自分を見つめ、後悔や反省をする「後ろ向き思考」。今、私たちに本当に必要なのは、むしろこちらなのではないだろうか。

(香山リカ、精神科医・立教大教授)