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<沖縄の闇社会を追う>ある社長の闇金「修羅道」(1)…借金2年で60倍、群がる70人


この記事を書いた人 Avatar photo 嶋野 雅明

written by 斎藤 学

 

 目前に置かれたスマートフォンが奇妙な点滅と振動を繰り返している。波状的な電凸か。粘着質な架電が秒、分単位で絶えない。応答しない限り、こんな着信が、ある時を境に止まらないという。見ると、液晶画面に表示される着信の番号は毎回違う。時には「非通知」。スマホの持ち主を仮にAさんとしておく。聞くと誤作動ではないと言う。Aさんに一体何が起きているのか。

 結論をまず明かしておこう。Aさんに聞くと「電話を架けてくるのはヤミ金の取り立て屋ですよ」と苦々しげだ。それも一人や二人では済まない。借金はわずか2年で60倍に膨れあがった。「電話に出ないと半端ない数をかけてくる。だいたい毎日午前10時ぐらいから。ピークは夕方ですかね」と、うんざりした表情だ。沖縄県内でも著名企業の関連会社の代表をAさんは務める。こんな電話が架かり始めて「もう1年以上はたっている」。腹に据えかねている様子だ。

■借りた時点で40万円抜かれる

 異様な数の「電凸」のきっかけは2019年6月にさかのぼる。Aさんは、知人Bから相談を持ち掛けられた。「金を貸してくれとの相談だった」。とはいえ、Aさんも家族のある身。自由になる資金が簡単に用立てられる訳ではない。それを見越していたかのように知人Bが切り出したのは、こんな提案だった。「お金を貸すところがあるので、私に代わって借りてくれないか。それを私に回してほしい」。知人Bは、収入に対して、支出が上回っているオーバーローンの身上。「テレビCMでやっているような消費者金融からもどうも借り入れができない。ブラックリストにも記載されているようだった」とAさんは振り返る。街中で見かける銀行系の消費者金融に融資を申し込んでも信用調査の段階ではねられる「返済不能な債務者台帳」の登載者だという。

 知人Bの頼みをむげにもできず、気がとがめなかったわけではないが、Aさんは承諾した。その時は付き合いを優先した。その後、この一度きりのつもりの借り入れがAさんの生活を一変させた。

 融資実行の日にさかのぼってAさんが回想する。Bに紹介された貸金業者は「妙な人物だった。会っても名刺は渡さない。名前すら名乗らない。まともな業者ではない」。そう確信を深めたのは融資金として手渡された金額からだ。100万円の借り入れのはずが、実際に受け取ったのは既に40万円を引かれた60万円だった。「仲介料や手数料、一カ月分の返済金と金利などが既に天引きされていた」と話す。それをこれから10カ月、毎月10万円を支払って完済する仕組みという。「暴利に驚いた」。

 この一度限りの借金も実は実行の際に傷口を広げていた。100万円の融資のはずが60万円しか支給されていないのだ。やむを得ず、不足分の40万円をAさんは、その闇金から追加で借り、用立ててしまったという。当然、40万円の元金にも暴利は張り付いている。

■グレーゾーン金利の落とし穴

 ここで貸金金利の大きな変遷をみておく。金利を制限する法律には出資法と利息制限法がある。2010年の法改正までは出資法の上限は29.2%。利息制限法で定められた金利の上限は15.0~20.0%だった。利息制限法の上限金利(20.0%)を超える金利で融資をしても、出資法の上限金利(29.2%)を超えなければ、刑事罰の対象とはならなかった。このため多くの貸金業者は使い勝手のいい2法を操り、大方は29.2%に近い金利で貸し付けていたのだ。この金利幅が、「灰色の金利帯」、いわゆる「グレーゾーン金利」だ。多重債務や過酷な取り立ても問題化し、その後、貸金業法の改正により、グレーゾーン金利は撤廃された。現在は最大でも金利は20.0%だ。また「融資金額は最大でも年収の3分の1まで」との総量規制もある。過剰な貸し付けは、表向きはできなくなった。

 しかし、こうした「改正」が表向きは軽症な多重債務者の数を減らす半面で、借り入れの当てがどこにもなく、にっちもさっちもいかないBさんのような重症債務者をさらに過酷なヤミ金に引きずりこんだ事実も見過ごせない。

■群がる70人、スマホへ一斉に

 話を戻す。Aさんは、この融資業者からの借り入れと同時に、名目はどうあれ即日40%の金利を負った。Bさんが多重債務の重症患者であることを薄々知った上でもある。Aさんもある程度の覚悟はしていいたものの「刑事罰を気にも留めない。倍以上の金利がまかり通っているとは思わなかった」と言う。

 グレーゾーン金利問題が解消され、そのあだ花ともいえるBさんのような重症債務者を顧客とする業者もいる。貸金業法上の登録もせず、違法な高金利で貸し付ける。そんな金融業者を総称してヤミ金と呼んでいる。Aさんに間断なく電話をし続けているのは、違法は承知の上なのだ。手法が荒っぽくなるのも必然なのだろう。捜査関係者は「地雷場を全速力で走っているのが取り立て屋。究極のリスクをとる覚悟でなりわいにしているから、警察に捕まるといった地雷を踏まないようにそりゃ大変だろう。修羅場なんだから取り立ての追い込みだって、なりふり構っていられない」

 そんな取材を進めている最中も目の前にいるAさんの電話の着信は止まらない。マナーモードに切り替えているせいか。いったんは胸ポケットに納め、振動にせかされるようにスマホを取り出しては番号を確認して放置するかのようにまたポケットに戻すの繰り返しだ。しつこい着信に根負けするように応答すると、この日の返済場所、時間のやり取りをしている。

 Aさんが電話のたびに聞き出した情報を基に作った取り立て屋リストがある。電話番号ごとに名前が記載され、その数は70人近くに及ぶ。それでもリストから漏れている取り立て屋がいると言う。そんな数の取り立て屋が示し合わせたように毎日、一斉に架電してくる。

■契約書も手元になく

 100万円の融資実行日に時計の針を戻す。Aさんが現在、直面する修羅場に至る根源だ。実はAさんは、その日、借用証書の原本はおろか、写しさえ交付されていなかった、業者は契約書を持ったまま立ち去っていた。双方で作成された借り入れ書面は業者に一方的ににぎられ、Aさんは業者にいいように操られている格好だ。借りた金の契約内容は、今もって確認できていない。

 その契約の日の以来である。もう2年は経過しているのに、今年はじめの取材の最中もAさんは、携帯電話を取り出しては、ポケットにしまう―動作を繰り返している。取材もそのたびに中断する。話の腰折れついでに尋ねてみた。「気が滅入りませんか。精神的にもちますか」

【後編「なぜ警察は動かないのか?」につづく】


斎藤 学

1965年生まれ。埼玉県出身。北海タイムス記者を経て琉球新報記者。社会部、政経部などで主に事件や地検・裁判を取材。現在はニュース編成センターに所属。


沖縄発・記者コラム 取材で出会った人との忘れられない体験、記事にならなかった出来事、今だから話せる裏話やニュースの深層……。沖縄に生き、沖縄の肉声に迫る記者たちがじっくりと書くコラム。日々のニュースでは伝えきれない「時代の手触り」を発信します。