written by 斎藤 学
闇金からの100万円融資をきっかけに、2年もたたぬうちに70人から取り立てに遭う羽目に陥った沖縄県内の会社代表のAさん。元の借用証書の原本はおろか、写しさえ交付されていなかった。取材の最中もAさんは、ひっきりなしに催促の着信が来る携帯電話を取り出しては、ポケットにしまう―動作を繰り返している。話の腰折れついでに尋ねてみた。「気が滅入りませんか。精神的にもちますか」
■「鬼電って言うらしいんですよ」
かつて貸金の取り立てと言えば、自宅の周辺で大騒ぎして返済を迫ったり、自宅の周辺にビラを貼ったりして、心身ともに追い込む荒業が問題化した。そうした意味で誰の目にも、その過酷さは可視化された。今は、心身を追い込むことに変わりはないが、その手段、ツールはスマホの粘着質な架電に置き換わっている。追い込みの回収手段が見えづらくなり、過酷さは可視化されない。
「鬼電って言うらしいんですよ。彼らの業界の隠語らしいですけどね」。取り立て屋が群がるように、こんな妙な架電を繰り返することで心身は妙な焦りに支配されるという。それがてきめんに効果を発揮しているのか。Aさんはこんなことを言う。「金を払うと気持ちが楽になるんです。翌日から同じことの繰り返しなんですけど。ある程度まとまった金があると気も大きくなる」。
返済資金は、別の業者から借りることもある。借りては返すの繰り返しだ。誰からいくら借りたのかさえ不明で、おおざっぱな勘定も不可能なくらい異様に膨張し、もはやいくら債務が残っているのかも分からない。その債務に張り付く法外な金利だけを払い続けている。
ある程度の金策ができた時のことだ。「那覇市の新都心の小売店の駐車場でドライブスルー返済もしました」という。Aさんがこう呼ぶ返済方法は、車の窓口に取り立て屋が一斉に群がった時のことを想起して名付けた。群がった取り立て屋を整列させて、車の窓ごしに順番に金を手渡した様子が「ファストフード店の窓口から商品を次々渡すような光景と重なった」という。しかし、その異様な光景にはオチがある。そんな様子を目撃した小売店の従業員が薬物取引でもしているのではないかと勘違いして警察へ通報。警察官が臨場する騒ぎになった。Aさんは車内をつぶさに調べられた後、「貸金の返済をしている」と説明すると、警察官も厄介ごとと思ったのか、さらに追及することなく引き上げたという。
ある時は取り立て屋が5万円ほどの金を「借りてくれ」と言うや、押し付けられることもある。優良顧客とみられたAさんは、もはやヤミ金に寄生され、蝕まれている。知人Bへの100万円の工面のはずが、これまでの返済金額を聞くと「おそらく6千万円近くにはなっているのでは」と惨状を明かした。
ホラーまがいの電話の一方で、Aさんには身の危険も迫っている。コロナ渦にあって取り立て屋も「債権」回収がうまくいかないせいか、殺気立ち始めている。ある時は取り立て屋に「車の中で話しましょうと、やさしく案内されて車に乗り込むと急発進して降車できないまま、連れて行かれた」。行き着いたのは沖縄本島北部の山中。到着した途端、取り立て屋も金主からの催促に余程困り果てているのか、口を突いて出たのが「俺も逃げるか、死ぬしかない。一緒に死んでくれ」。なんとかその場は、相手を説き伏せて難を逃れたという。
ある時のコンビニの駐車場では、返済を拒むAさんにいら立ち、取り立て屋がAさんをこづいて押し倒し軽いけがを負わされた。すかさず警察に通報したが、臨場した警察官は民事不介入とばかりに立ち去ったという。「ヤミ金の取り立て屋も雇い主である金主に過酷なノルマを科せられて追い込まれているみたいです」
■金主は「ある程度の地位の人」?
こうしたヤミ金の取り立て屋の源流にいる金主はどういう人物なのか。尋ねるとAさんは「実際は表社会で、ある程度の地位を築いている人もいるんですよ。証拠はありません。だけどね…」と話して、こう推測する。
その推測の根拠はAさんの本業である不動産開発業務などを通して確信に至っているという。数億円単位が動くビジネスにも関わるAさんの交渉相手は、県内でも著名企業が相手になることも多い。そんな時に交渉がこじれて相手が感情的になると、こんな捨て台詞を吐いて嘲笑する人が複数いたという。「借金まみれのくせしやがって」。ビジネス上の取引相手が、Aさんを取り巻くヤミ金の存在を暴露したことがあった。「具体的な情報も口をついて出る。この人も金主の一人なんだな」と実感したという。
裏付けるように金融業界に詳しい元不動産開発業者は、ある金主の個別具体名を挙げて、こう説明する。「何をするでもない団体が、企業や個人から資金ばかり集めて、たまった金を寝かしておくわけにもいかない。そこでこっそりヤミ金を始める。その成功体験が各方面に伝わって、溜まり金の運用を任せる企業や個人らの共犯者が集まってくる。その中にはたいそうな賞をもらった奴もいる。警察も知っているはずだよ。ジキルとハイドは同一人物だけど、誰も言い出せない。偉そうな人への忖度が過ぎてタブーになっているだけ」
そんな金主の下々にいる取り立て屋も地雷場を駆け抜ける先兵に過ぎない。Aさんは「ミイラ取りがミイラになるような様子が垣間見えることがある」とAさんは語る。「取り立て屋もヤミ金に手を出して、追い詰められて、絞りとられた末に転落した人もいる」。
■抜け出そうにも…
そもそも支払う必要などない借金だ。とっくに元本も含め支払い済み。むしろ膨大な過払い金が発生しているとみておかしくない。なぜ、こんな無法、無茶な取り立てに日々、Aさんは付き合い、呻吟(しんぎん)しているのか。「前々から弁護士には相談しているんです」。そう話してAさんは那覇市内に事務所を構えるある弁護士の名前を挙げた。
そしてこの弁護士と相談を続けても解決に至らない事情をこう語る。「相変わらずこんな調子なんで、弁護士と対面して相談している時にも電話はひっきりなし。そこで目前の弁護士に電話を差し出して、そのたびに解決をお願いします」
弁護士は、その場で双方に何ら債権債務のないこと、二度と取り立ての電話をかけないことを電話口で取り立て屋と確認する。一件落着と思いきや、それは70人以上に上る取り立て屋の一人との交渉が成立しただけだ。しかもその場限りで、勢い解決したものの、どこの誰とも知れぬ取り立て屋でしかない。差し引き少なくとも69人の取り立て屋とは依然、なんの解決にも至っていない。「弁護士のおかげで解決したかと思ったのに、その取り立て屋も数日後には『おい、お前。なに弁護士と相談してんだ』と電話ですごんできます」
Bさんの肩代わり融資を受けて以降、返済に窮した際にAさんが追加融資をかつて受けたことも負い目だ。もはやBさんの借金ではなく、Aさんの債務に問題は転換してしまった。そのたびに取り立て屋も増殖した。
一時、Aさんが駆け込み、相談に対応した捜査関係者はこう指摘する。「支払わなければ済む話。それで終わり。一切の請求を断ち切っていいのに、常軌を逸した人の良さが災いしているんじゃないか」。
Aさんは、ヤミ金に自宅も特定され、時々、取り立て屋とおぼしき人物が周囲をバイクなどで徘徊していることがあるという。妙なプレッシャーや恐怖心も重なって、正常な判断ができずにいるのか。Aさんは本来は恐れる必要のないヤミ金に囚われたままだ。苦難がいつ終わるとも知れない、まるで無間地獄だ。
■なぜ警察が出てこないのか
捜査関係者によると、こうしたヤミ金は県内で複数確認されている。なぜ摘発されることなく、野放しなのか。「違法な金利を立証することがまず困難だ」と言う。Aさんの例からもわかるのは、借用証書ですら交付されないことだ。「そもそも借入金が分からず、返済資金もその時々で支払って、いくら総額で払っているのか、領収書ですらもらっていないなら何をもって証明できるか、どうにも手に負えない」。貸金業法からも「知り合い、友人とか、業としてやっていることではないととぼけられれば、それでおしまい」と言う。
新型コロナウイルスの流行で友人、知人を装う「個人間融資」としてヤミ金が跋扈(ばっこ)し始めている。会員制交流サイト(SNS)で融資を誘う書き込みが昨年12月は全国で2年前の5倍近くになったという。そんな専門家の調査を共同通信が伝えている。返済が遅れた人の個人情報がインターネット上で拡散される被害も相次いでいるという。
こんな新手の手法を「スマホを使った電子の牢獄」と捜査関係者は評する。ヤミ金がスマホを使って顧客管理をする。顧客リストに入った途端に牢獄にいるも同然だ。執拗な架電と、GPS機能で居場所さえ特定できる。債務者は捕らわれ、逃げられない。そんな実態を比喩したという。Aさんが、そんな流れに沿うような話をする。「取り立てする人の足がつかないようになんですかね。封筒に金を入れて、あるコンビニのトイレに置くように言われたんです。それをスマホで写真撮影して取り立て屋に送るんです。それを取り立て屋がトイレから回収するなんてこともあった。スマホでのやり取りだけで終わってしまうんですよ」。誰が督促し回収したのかさえ分からない。
捜査関係者は「返済の主流もそのうちに電子マネーになるんじゃないか」と予想する。想像もしたくないあまりに物騒なヤミ金の進化だ。
斎藤 学
1965年生まれ。埼玉県出身。北海タイムス記者を経て琉球新報記者。社会部、政経部などで主に事件や地検・裁判を取材。現在はニュース編成センターに所属。
沖縄発・記者コラム 取材で出会った人との忘れられない体験、記事にならなかった出来事、今だから話せる裏話やニュースの深層……。沖縄に生き、沖縄の肉声に迫る記者たちがじっくりと書くコラム。日々のニュースでは伝えきれない「時代の手触り」を発信します。