written by 座波 幸代
「座波さん」。昨秋、沖縄県庁5階にある記者クラブでの仕事を終え、帰り支度をしていたある夜、同僚の明真南斗記者から声を掛けられた。「あの記事を読んでもやもやが晴れた気がして、救われました。このままだったら、自分は記者を辞めなければいけないと思っていました」
驚き、一瞬頭の中が「?」マークだらけになった。彼は、問題意識の高いとても優秀な記者だ。米軍基地担当という沖縄の新聞社の花形であり、重責を担う。当時、県政キャップをしていた私は、その熱心な取材にいつも感心していた。そんな彼から「記者を辞めなければいけないと思っていた」という、全く想定外の言葉を聞き、動揺した。「どうしたの?」
◆男性記者の悩みは
彼が読んだのは「ボーイズクラブ構造の解体を 『抱きつき取材』の弊害とセクハラ事件との共通点」という、新聞研究(日本新聞協会発行)2020年10月号の記事だった。ジャーナリストの林美子さんが、東京高検検事長(当時)と新聞記者らの賭けマージャン問題を取り上げ、取材相手に「食い込んで」「とことん仲良くなる」「一体化」による「抱きつき取材」の背景にある問題点をジェンダーの視点から論考していた。
記事には下記のようなことが指摘されていた。政府や捜査機関、マスメディア、企業など多くの組織で長い間、男性が意思決定や情報の流通を支配してきたこと。男性同士のホモソーシャルなネットワーク「ボーイズクラブ」では、女性や「男らしくない」とされる男性などが排除されてきたこと。「抱きつき取材」では、飲み会やゴルフにマージャンと、私生活や家庭を犠牲にし、ほぼ全ての時間とエネルギーを費やす必要がある一方、取材の対象は政府や警察・検察などの権力機関であり、報道操作の対象とされる可能性も高まること。
男性記者と男性の取材相手が「抱きつき取材」を通してボーイズクラブを形成し、報道機関の内部もニュースの価値判断や意思決定にボーイズクラブが存在すること。報道機関では「抱きつき取材」で成果を上げてきた人たちが出世する人事評価がある一方、女性管理職は少なく、「男の3倍」働かなければ評価されない女性や、セクハラ被害によって報道の仕事を辞めていく女性たちの存在などを挙げた。
林さんはこれらの構造的な問題点を指摘し、組織の改革に必要なのは、取材先との関係の在り方や職業倫理・職場文化を根底から見直すことだと指摘していた。
◆歌いたくもない「軍歌」を
私自身はその記事を昨年11月、女性の先輩から共有してもらった。社内の女性同士では、「こんな記事があった」「こんな議論がある」などメールで情報交換することがある。林さんの記事を読み、私自身も「そうだそうだ~! この『ボーイズクラブ』が権力や社会や社内にはびこっているから変革が起こらないんだ」などと感じていた。みんなにも読んでほしいと、2021年1月スタート予定のジェンダー企画に向けた頭作りに、政治部の同僚たちにも記事をシェアした。
明記者は、自分自身のことをこう語り出した。以前は朝から晩まで、休日もばりばり仕事して取材先とがっつり付き合って、という働き方を目指していたし、それこそが記者だと思っていた。市町村担当だった時、取材先との飲み会のカラオケで「軍歌」を一緒に歌わされ、嫌な気持ちになったこと。でも、嫌だと言えなかったこと。自分は独身男性だったから米軍の事件事故が起こった際はいつでも対応が求められる基地担当をこなせてきたが、結婚して共働きで子育て中の今、そんな働き方は無理で、記者を辞めなければならないと思っていたこと。
聞いていて胸が締め付けられた。辞めないでいい、記者にもいろんな働き方がある、女性は結婚や出産・育児で「24時間働けますか」的なことはそもそもできないからいろいろな働き方を考えてきた、「この分野の担当ならこうすべき」という前例踏襲のやり方ではなく、記者それぞれの問題意識や関心事、好きなことを掘り下げて行く方がはるかにいいパフォーマンスができ、多様な報道ができる。そんなことを一生懸命伝えた。
そして、「抱きつき取材」が評価されてきたマスメディア内の「あるべき記者像」の呪縛が、優秀な記者をこんなふうに思い詰めさせていたことを知り、申し訳なく感じた。女性たちは、「ボーイズクラブ」が蔓延する職場や取材先に憤ったり、愚痴をこぼしたり、日々の仕事や生活の中で恒常的に遭う性差別やセクハラに怒り、お互いを励まし合ったりする場がある。だが、男性たちにはそんな場もなく、我慢を強いられてきたのではないか。知らず知らずに足かせをはめられてきたのではないかと。「男らしさ・女らしさ」「記者なら~すべき」という「呪縛」を解き、その人らしさを発揮できる働き方や取材の在り方を考える必要がある。そう痛感した。
◆「『女性力』の現実」ができるまで
琉球新報は2021年1月から6月末まで、キャンペーン報道「『女性力』の現実 政治と行政の今」を展開した。政治、行政分野という政策決定の場に「女性がいない、少ない」実態をアンケートや当事者の声を基に「可視化」していき、ジェンダー・バイアス(性に基づく差別や偏見)や固定的性別役割、男尊女卑の考え方など、女性の進出・登用を阻む「壁」について報じた。
報道のきっかけは、昨秋、2021年の新年企画について政治部の記者(当時)で話し合ったことだった。
当初は、政治部「恒例」の米軍基地や自衛隊、沖縄振興計画など従来扱ってきたテーマが企画案に上がった。その中で、玉城デニー知事がSDGs(持続可能な開発目標)の理念を県政に取り入れたこと、SDGsのゴールの一つである「ジェンダー平等を実現しよう」に議論が集中した。
入社1年目の比嘉璃子記者から「行政の会合は男性ばかり」という指摘があった。ある資料で女性の委員の名前だけ丸印が付いていて、違和感を覚えたと教えてくれた。議論は一層盛り上がった。玉城知事は女性活躍を公約に掲げ、「女性力・平和推進課」を設置したが、「なぜ女性だけ『○○力』と呼称されるのか」「ジェンダー平等を目指すなら『イクメン応援』より、男女の賃金格差や非正規雇用の是正などに取り組むべきではないか」という指摘。「大田昌秀県政(1990~98年)では女性の副知事が2人誕生したが、今は男性ばっかり」「県関係の国会議員に女性が一人もいなくなった」など、各記者の問題意識が次々と寄せられた。
政治部のメンバーは20~40代の男女6人。一気に企画のテーマが絞られていき、県議や県内政党、女性の市町村議員を対象にしたアンケートなどを担当する議員班、県庁をはじめ自治体の女性登用やジェンダー・ギャップ(男女格差)を調べる行政班の二手に分かれ、リサーチをして内容を詰めていった。
企画案に「ゴーサイン」を出す上司たちの会議でも、男性を含め、おおむね趣旨に好意的だった。ただ、思わぬところで社内の「壁」にぶち当たった。編集局内の各部の連載案について議論した会議で、女性の上司から、連載を通して「なぜ女性がいなければいけないか、いなかったことによる損失を証明せよ」というような内容を求められた。頭をガーンと殴られた気分だった。「男女平等」という当たり前のことが実現できていないことを示す企画なのに、女性の「存在証明」からやらなければならないのか。それを女性から突きつけられたこともショックだった。
このことを政治部の同僚に相談すると、「人口の半分は女性なのに、そもそも『いない』こと自体がおかしいのに、なぜ存在証明しなければならないのか」と言ってくれた。救われた気がした。その上で、政策決定の場に女性がいない現実を明らかにし、「女性の政治行政分野への進出を阻む壁や制度、慣習とは何か」を企画の趣旨にしていこうと確認した。
12月下旬、企画のタイトルを決める段階になった。「女性と政策決定 『ジェンダー平等』の現実」「無意識の『壁』 女性と政治」など案を出してはグループLINEで議論していると、西銘研志郎記者がこう提案した。「もともと玉城知事の『女性力・平和推進課』という言葉への違和感や疑問が企画のきっかけにあるから、『女性力』の現実、はどうでしょうか」。全員一致でタイトルが決まった。
座波 幸代(ざは・ゆきよ) 政経グループ記者 1975年、那覇市首里生まれ。2001年入社。政経部経済担当で観光やIT企業を取材したり、社会部で貧困や雇用問題を取材したり、NIE推進室で小中学生新聞「りゅうPON!」を作ったり。琉球新報Style編集部、ワシントン特派員の経験で「アメリカから見た! 沖縄ZAHAHAレポート」も書いてました。カレーとビールと音楽が好きです。
沖縄発・記者コラム 取材で出会った人との忘れられない体験、記事にならなかった出来事、今だから話せる裏話やニュースの深層……。沖縄に生き、沖縄の肉声に迫る記者たちがじっくりと書くコラム。日々のニュースでは伝えきれない「時代の手触り」を発信します。