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自治とは何だ 首里城下に眠る「負の遺産」が伝えるもの 英文学研究者・瀬名波栄喜さん(2)<復帰半世紀 私と沖縄>


この記事を書いた人 Avatar photo 大城 周子
インタビューに応える瀬名波栄喜さん=7月28日、那覇市内

(1)染みついた「日本人」否定され葛藤 から続く

 「琉球処分」(琉球併合)以降、統治国の政策によってアイデンティティーが翻弄(ほんろう)されてきた沖縄。米統治下では日本の影響力を排除するため「琉球人」とされた。

 しかし、戦前から皇民化教育を受けていた瀬名波栄喜(92)のアイデンティティーは「日本人」として、深く刻み込まれていた。「琉球処分」以降、皇民化政策によって「琉球方言」は禁止され、戦争へと突き進む中で、日本への同化は推し進められた。

■燃えさかる炎の中で

 本島北部の久志村(現在の名護市)で生まれ、沖縄戦前年の1944年、県立農林学校に入学した。戦争準備のため授業はなく、毎日、日本軍の壕の構築に動員された。  45年3月、激しい空襲で家族や近隣住民らと一緒に自宅近くの山中に避難。同年7月、米軍の掃討戦から逃げる途中、砲弾や機関銃で人が殺されていくのを目の当たりにした。

 避難民らが次々と山を下りる中、瀬名波は1人、山に残った。「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず」。学校でたたき込まれた戦陣訓にしばられていた。

 次々に打ち込まれる迫撃砲弾。燃えさかる炎の中、無意識のうちに両手を挙げて投降した。

 

 戦後、県立北部農林高校に編入学し、卒業後は小学校の教員になった。同時に沖縄外語学校名護分校に通い、後に沖縄県知事となる大田昌秀から英語を学んだ。大田は瀬名波をかわいがり「日本留学」を勧めた。

 当時、勉学を志す沖縄の若者にとって公費留学制度での選択肢は二つあった。日本か、米国への留学だ。迷った末、米留を選択した。沖縄戦で父親を亡くして金銭的余裕はないため、自費負担がないことも魅力だった。琉球大で2年を終えて受験。合格者は4人と狭き門だった。

県立農林学校の門柱に残る弾痕を指しながら沖縄戦を振り返る瀬名波栄喜さん=2018年6月11日、嘉手納中学校

 ■「君らのせいで父は死んだ」

 「周りに恵まれた」。瀬名波は通算7年に及ぶ米国留学を、そう振り返る。ミズーリ州立大や博士号取得のため進学したカンザス大学で、優れた教授や学友に出会った。それは瀬名波が国を超え、人間として向き合ったからこそでもあった。

 ミズーリ州立大で、米国人のルームメイトから「君らのためにパイロットの父親は戦死した」と責められた。瀬名波は「同じでしょう。僕の父親も亡くなったんだよ」と返した。

 「戦争は勝つか負けるか、そんな問題じゃない。国と国とは勝者と敗者があるけれど、人にはそんなものはないんだ。だから二度とこういう戦争を起こしてはいけないのだと思う」。理解してくれたルームメイトは良き友人となった。

 博士課程では、フランス革命とナポレオン時代のイギリスの詩人、ワーズワースの研究に没頭した。

 ナポレオンの台頭と独裁、革命の理念拡大を掲げた戦争が侵略戦争へと変質した歴史と敗北に、かつての大日本帝国を重ねた。「日本も『大東亜共栄圏』という理想を掲げたが、実際は侵略戦争だった」。研究は、多様な視点で本質を見極める経験になった。

ガリオア資金で米本国やハワイに留学した留学生ら(撮影年月日不明、瀬名波さん提供)

 ■辞書にない「自治」    

 59年に沖縄へ戻った瀬名波は琉球大の学長秘書として外交関係全てを任された。

 復帰運動が激しさを増す中、米国民政府(USCAR)の教育部長らが学長室に乗り込んで来て、学生の言動に激しく抗議することもあった。波紋を呼んだ高等弁務官キャラウェイの「自治は神話」演説は、その場で聞いた。

 63年3月、瀬名波も所属していた米留経験者でつくる「金門クラブ」が総会にキャラウェイを招いた。瀬名波は「その時は印象に残らなかった」と話すが、その後、表敬あいさつのため金門クラブで高等弁務官を訪ねた際のやりとりは、強く印象に残っている。

 「What is autonomy?(自治とはなんだ)」。キャラウェイが瀬名波らに尋ねた。

 英語の辞書を持ってきて「autonomy」を引き始めると、「『self―government』とあるが、いったい日本のどこにそのような県があるのか?」。挑発するような口ぶりに、瀬名波は「政治を握らされて沖縄に来ている軍人なだけで、政治を知らないんだな」と感じた。

 瀬名波は言う。「言葉には2通りの意味がある。一つは辞書の意味、もう一つは含意。われわれが自治というのは後者だ。言葉は生きていて、使われていく間に意味が付加されていく。沖縄の自治とは、異国の支配を受けることはない、あるいは軍政府の言うままになってはいけない、ということだ。それを分かっていないと思った」

金門クラブ会員に演説する高等弁務官=1961年6月27日(沖縄県公文書館所蔵)

■涙がこぼれた首相の演説

 沖縄の米軍基地維持と長期保有のため、キャラウェイは、沖縄の自治を弱めるような施策を展開した。立法案の事前調整強化や金融界の粛正、次々に布令を出すなど「直接統治」の手法に対し、人々の反発と復帰への願望は高まっていく。

 69年11月、日米が沖縄の施政権返還に合意したというニュースを、瀬名波はカンザス大博士課程に在籍中の米国で聞いた。テレビにかじりつき、ニクソン大統領と佐藤栄作首相の記者会見を見守った。

 「One million Japanese people are still under foreign control(100万の日本人がいまだに外国の支配下にある)」。 佐藤首相の英語の演説に思わず涙がこぼれた。「本当に復帰できるのだろうか、そう誰もが思っていた」

 それから約2年半後、沖縄の施政権は日本に返還された。既に帰沖していた瀬名波は、感慨を込めてカンザス大の恩師に手紙を送った。「20年余りに及ぶ米国の支配が終わりました。沖縄は、47県の一つとして、新たな章を歴史に開きました」

瀬名波さんは大田昌秀知事に頼まれ、沖縄戦を伝える米紙を翻訳して県史の編さんにも携わった。写真は1945年5月20日、沖縄戦で日本軍が弱体化したことを伝える記事。

 日本への施政権返還に伴い、琉球政府立だった琉球大は国立となった。瀬名波によると、水面下では一時、大学を法人化する方向でUSCARと詰めの協議を行っていたという。
 瀬名波は「結果的に国立となって良かったと思うが、もし法人化が実現していれば、全国で初めての大学になっただろう」と残念がる。 国立化による「弊害」もあったからだ。
 図書館の名称から授業時間に至るまで国の法律で厳格に規定され、「志喜屋孝信図書館」は「付属図書館」に、50分だった授業は90分になった。97年に教養部が廃止されたことには、今も悔しさを抱えている。

第32軍司令部壕の第5坑道=2020年6月30日、那覇市首里(代表撮影)

■首里城下の「負の遺産」

 97年、瀬名波は再び米国にいた。大田知事の県政下で沖縄の基地問題を訴える「学者交流団」の一員となった。

 スタンフォード大やカリフォルニア大でシンポジウムを開き、海兵隊の削減や米軍普天間飛行場の県内移設が基地負担軽減につながらないことを訴えた。

 かつて国際社会で日本が孤立し、太平洋戦争へと向かった時代を経験した。現在の東アジア情勢の緊張や、中国を包囲しようとする動きに危うさを感じている。

 「いまだに在日米軍専用施設の70%が残っている非常に残念な状況だ。さらに宮古、八重山に自衛隊の基地ができ、中国を仮想敵国として取り巻こうとしているのは危険ではないか。一触即発になれば、また沖縄が犠牲になる」

牛島満司令官の孫・牛島貞満さんと軍司令部壕の近くを歩く瀬名波栄喜さん=2020年6月25日、那覇市

 いま瀬名波が強調するのは、教育の重要性、そして首里城地下に残る日本軍第32軍司令部壕の保存・公開の必要性だ。

 瀬名波は94年、リベラルアーツ(教養)を特徴とする名桜大の創設に関わった。リベラルアーツは「人間の心の解放」をうたう。「国と国との関係を超え、世界の人々が協力し合わなければ世界の平和は永久に構築できない。高所から見る目を教育しないと、沖縄の置かれた状況を知ることも訴えることもできない」と語る。

 琉球王国が築いた、世界の懸け橋となる「万国津梁(しんりょう)」の首里城。「その対局にあるのが地下の軍壕だ」と言う。戦争を対話で回避せず、大勢の住民を巻き込んだ悲惨な沖縄戦を起こした。「(32軍壕の保存と公開は)当然、国がやった後始末の一環だ。こちらから言わずとも国がするべきことだ」と指摘する。

 2019年10月31日の首里城焼失後、国は再建作業を進めているが、県を中心に検討を進める32軍壕の保存・公開はまだ具体化していない。
 「玉城知事は『(保存・公開を)する』と言っているのでうまくいけばいいと思う。沖縄戦のような愚かな戦争を二度と繰り返してはならない、平和の大切さを全人類に訴える、そのためのモデルにしないといけない」。 戦争と平和は表裏一体であることを忘れてはならない、その思いを32軍壕に込める。

(文中敬称略)(中村万里子)

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