<書評>『沖縄と色川大吉』 民衆思想史を切り拓く


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『沖縄と色川大吉』三木健編 不二出版・2530円

 色川大吉著『ユーラシア大陸思索行』を読んだのは20代後半のこと。その大陸を色川は、キャンピングカーで180日もかけて横断した。

 さて、本著を編者の三木健氏から贈られた。わくわくしながら読み始めたとき、色川氏の悲報が届いた。色川氏は『明治精神史』で独自の民衆史観を築いた歴史家であるが、沖縄や宮古、八重山の島々を歩き、白保の海で酸素ボンベを背負って潜った野人でもある。

 本著は、第一部、色川大吉による「沖縄への視座」で、主に70年から90年代の講演録やコラムで本全体の大半を占めている。第二部は「沖縄からの視座」として、新川明、川満信一、比屋根照夫、我部政男、三木健、仲程昌徳、上間常道、下嶋哲朗、増田弘邦、仲松昌次らが名を連ねている。

 印象深い箇所をいくつか紹介してみよう。まず「沖縄と民権百年」の章で植木枝盛の小国思想を述べている。植木は、福沢諭吉の「脱亜論」に対して、世界中の弱小国家が、大国の横暴を制するために「万国無上政府」をつくり、小国の主権と利益を守るべきだと主張する。福沢の植民地主義はやがて日清戦争につながり、「琉球処分」の帰結となる。

 さらに、色川は「新しい社会システムの追求を」の章では、「国民国家が終焉(しゅうえん)する、あるいは国民国家の虚構が崩れ出した。そのとき沖縄はどのような社会をめざすのか」という提起をしている。これは、1993年『新沖縄文学』公開シンポジュウム「沖縄の雑誌、ジャーナリズムはどうあるべきか」の基調講演で行われたものである。シンポジュウムには筆者(安里)も発言者として参加している。「復帰」後、沖縄では、反復帰論やさまざまな自治構想、独立論が沸騰してきたが、将来構想に関する提起である。

 「相対化の哲学を生きる」の色川と新川明の対談にも知的刺激を受けた。これは中野好夫の「沖縄資料センター」の設置をめぐる話や「小国寡民論」、ミクロネシア構想にふれている。また、我部政男の寄稿では『明治建白書集成』など色川氏との共同編集に関わったことなど、興味は尽きない。詳細は本を手にとっていただきたい。

 (安里英子・ライター)


 みき・たけし 1940年石垣市生まれ。琉球新報社編集局長、副社長など歴任。執筆者は色川大吉、三木、新川明、川満信一、比屋根照夫、我部政男、仲程昌徳、上間常道、下嶋哲朗、増田弘邦、仲松昌次の各氏。