甲斐谷忍(かいたにしのぶ)の漫画を原作とする『ONE OUTS』(2008―09)は、野球とギャンブルを組み合わせた異色のスポーツアニメだった。主人公と球団オーナーが賭けに等しい契約を結び、試合ではサイン盗みに盗聴、故意のエラー、買収、不正球の使用などが横行する。血と汗にまみれて練習を積み重ねるスポ根ドラマや、感動を売って愛国心・愛郷心をあおるスポーツ産業のきれいごととは一線を画す内容なのだ。そしてその物語は沖縄から始まる。
沖縄でミニキャンプを張っていたプロ野球最強打者の児島は、「ONE OUTS」と呼ばれる野球賭博で渡久地という投手に出会う。それは米兵たちの間ではやっているギャンブルで、投手と打者が一対一で対戦して打球が外野に飛ぶか四死球なら打者の勝ちという単純なルールだ。キャッチャーは置かず、後ろの壁に長方形のストライクゾーンが描かれている。対戦者同士だけでなく、観客たちもどちらかに金を賭ける。
渡久地はこの「ONE OUTS」に君臨する無敗の投手だった。最初の対戦で敗れ、二度目に辛うじて死球をもぎ取った児島は、渡久地の勝負師としての才能にほれ込み、自身が所属するチームに入団させる。第3話で那覇空港から飛び立った渡久地は、以後本土のプロ球団で活躍することになる。
ただし渡久地には目を見張る剛速球や超絶な変化球があるわけではない。もちろん大リーグボールのような魔球を投げたりもしない。球種は最速でも130キロに満たない直球のみだが、正確無比のコントロールと一球ごとにボールの回転数を操る技術で三振を奪う。加えてギャンブルで鍛えた駆け引きと勝負勘、観察眼、入念な情報収集で相手の心理と技を読み、巧みに裏をかく。
金髪のヘビースモーカーで態度は不遜、先輩にもため口をきき、眼光鋭く勝負には冷徹だが随所にやさしさもにじませる。そんな渡久地のキャラクターは、前回取り上げた『サムライチャンプルー』のムゲンに通じるものがある。ムゲンが幕藩体制に対する怨念を背負っていたのに対し、渡久地の才能は基地の島という環境で研ぎ澄まされたと言えるが、アニメの中でその背景が深くえぐり出されることはない。
ところで「渡久地」は一目で出自が沖縄と分かる三文字姓だ。アニメや漫画の登場人物には、しばしば派手な名前や難読で特徴的な名前が与えられる。本作ではそうした効果を兼ねて沖縄の独自姓が使われているが、同じような例として『PSYCHO―PASS サイコパス』の宜野座や高江洲、『THE IDOLM@STER』の我那覇、『神速のルージュ』の波照間などが挙げられよう。
(世良利和・岡山大学大学院非常勤講師)