<書評>『奄美・喜界島の沖縄戦』 血の通った研究書


社会
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『奄美・喜界島の沖縄戦』大倉忠夫著 高文研・3300円

 今年7月に90歳を迎えた著者が60歳代後半で意を決して以後、年月をかけてまとめ上げた戦争記録。舞台は喜界島で、沖縄戦の最中、空から挑む海の戦いの基地となった。この島をめぐる戦時の動きをドキュメントタッチで追った労作である。

 著者は東京で生まれ、尋常小学校2年生で両親の古里、喜界島に移り住んだ。島には既に海軍航空隊の不時着飛行場ができていた。沖縄戦で特攻基地となり、飛び立つ特攻機を見送った。米軍の上陸による地上戦こそなかったが、奄美諸島の中でもこの島に空襲が集中した。銃爆撃、焼夷(しょうい)弾投下による襲撃対象は滑走路だけでなく、村落にも及ぶ。総戸数4051戸(約1万6600人)のうち1910戸が被災、120人が亡くなった。

 582ページにもなる長編である。自らの戦時体験、島内の有力者による日記、特攻隊の記録、駐屯した軍の対米軍機戦闘日誌、航空艦隊司令長官の陣中日誌など膨大な資料に加え、米軍部隊の「アクションレポート(戦闘報告書)」も入手して戦闘状況を立体的に再現する。そのうえで、日付ごとに特攻、空襲、住民被害などの模様を著者の目も交えて活写する。そして最後に、島に不時着した米軍捕虜に対する日本軍による斬首事件の責任を問う戦後の裁判経過を添えている。

 豊富な内容だが、中断することなく一気に読み進むことができる。途中、著者の息づかいを感じ、行間にその語りが湧き出てくるような感覚にもとらわれる。それには訳がある。

 丹念に資料・史料を収集し、丁寧に分析して戦争の実相に迫る手法は、弁護士である著者の職業柄だけではない。可能な限り、住民、兵士を問わず自らと同じ時代を生き、戦争死した人々を実名で描く。人間の生死を統計や数字に落とし込まない著者の姿勢に、読む側はこれまで語られることの少なかった戦闘を具体的に感じ、人々に寄り添うような著者のまなざしも感知する。権力者によって翻弄(ほんろう)される人間を弱者と呼ぶなら、著者は弱者の目で戦争を捉えた。そうした切り口と筆の運びで、血の通った研究書となった。

 (藤原健・本紙客員編集委員)


 おおくら・ただお 1931年東京生まれ、弁護士。39年両親の故郷喜界島に移住。52年高校卒業後上京。90年代前半から喜界島の戦争史調査開始。著書(共著)に「日照、眺望、騒音の法律紛争」。

 


大倉忠夫 著
四六判 584頁

¥3,300(税込)