30年の「悲願」動いた かんがい用水に高まる期待 財源条件に基地への「理解」<「豊かさ」の選択 再編交付金と名護>◇上


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海沿いの斜面を土地改良で平らにした天仁屋区周辺の農地では、牧草やサトウキビが生産されている=21年12月20日、名護市同区

 名護市東海岸の最北端にある天仁屋区。人口約100人の集落周辺に広がる72ヘクタールの農地で、10軒ほどの農家がサトウキビや牧草を生産する。雨頼みの農作業を解消しようと、農地に水を引くかんがい用水施設の整備に向け、水源を調べるための予備調査が2019年度に始まった。比嘉政昭区長は「30年来求めてきた事業が動いた」と、区としての“悲願”を強調する。

 これまで名護市は、調査の条件に合う国などの補助メニューがなく施設整備を見送ってきた。調査にめどが立ったのは、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う、名護市への「再編交付金」を財源に充てたことだった。

 再編交付金の交付は基地建設への「理解」が条件となっている。18年2月に当選した渡具知武豊市長だが、普天間飛行場の辺野古移設について「県と国の係争の推移を見守る」とし、直接的な賛否の明言は避けてきた。それでも防衛省は、渡具知市政の発足に「交付は可能」と判断した。

 天仁屋区のかんがい用水施設関連の調査には、3年間で5167万円の再編交付金を充てた。かんがい用水の実現は昨年11月に終了した調査結果次第だが、区には2月中に結果が伝えられる。

 再編交付金を調査費に充てることについて、比嘉区長は「財源は市が考えること」と述べるにとどめた。その上で、「今いる農家の生産意欲も高く、Uターン営農、高単価作物への転作も可能になる。先人が残した広大な土地で、地域の衰退を食い止めたい」と事業化の実現へ期待を込める。

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 23日投開票の名護市長選は、日米の米軍再編合意に基づいた辺野古新基地建設計画の行方にも影響を与える。立候補予定者の間で争点となっている「再編交付金」とは何か、現場から報告する。

市民は交付金に複雑 子育て支援など向上や辺野古前提に疑問も

 名護市には2017年度分から、年額14億9千万円の再編交付金が交付されている。市は、沿岸部の埋め立て工事が進む米軍キャンプ・シュワブに隣接する久辺3区(辺野古区、久志区、豊原区)も含めた市東海岸で、再編交付金を使った多くの事業を展開する。基地が建設される地域への“代償”にも映るが、市は「(市全体で)優先順位を付けて事業化している」とそれを否定する。

 国からの補助金の多くが使途の定まった「ひも付き」と評されるのに対し、再編交付金の使い道は施設整備などのハード事業だけにとどまらない。名護市では子育て支援目的のソフト事業など、市民生活に直接に関わるサービスにも再編交付金が使われている。

 市は国に先駆けて18年9月から順次、保育料や給食費、子ども医療費を無償化した。市民には子育て世代を中心に無償化を歓迎する声もあれば、基地建設への協力を前提とした交付金を充てることへの複雑な思いも交錯する。無償化開始時に市内の保育園で園長を務めていた宮城幸さん(85)は、「無償化を知らなかった」という保護者が多く、父母の反応が思いの外に薄かったと当時のことを振り返る。

 宮城さんは新基地建設に反対の立場だ。ただ、渡具知氏の当選後は「保護者の生活が少しでも潤うなら」と考え、再編交付金による市民サービス向上に納得した。それにも関わらず反応が薄い保護者らを見て、「がっかりした」という思いに駆られた。同様の声は保育園関係者から聞かれ、交付金の使い方に疑問を覚えるきっかけとなった。

 宮城さんは「子どもの居場所はあるが、高齢者の居場所はない。生活保護も受けられず、置き去りにされている高齢者にもお金を使ってほしい」と注文する。

 一方、市内で会社を経営する30代男性は「無料に越したことはない」と無償化を評価する。5歳の一人息子がおり、月3万円だった保育料の負担がなくなった。再編交付金とともに進む新基地建設が米軍機や米兵の事件・事故につながる懸念はぬぐえない。それでも「明日オスプレイが墜落するかは分からないが、明日子どもが保育園に行くのは確実だ」と生活者としての実感を強調する。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設計画が浮上した1990年代末以降、北部地域には10年間で100億円ずつの北部振興事業費や、米軍基地所在市町村活性化特別事業(通称・島田懇談会事業)などの振興策が講じられてきた。豪華な施設やインフラが整備された一方で、人口が流出する北部地域の過疎化は止まらず、施設の維持管理に自治体が苦慮する例もあり「箱ものばかり」という批判があった。

 男性は「これまでの振興策は県外の大手建設業者が潤うだけだった。再編交付金事業の方が、目に見える形で市民に還元されている」と語った。
 (’22名護市長選取材班・塚崎昇平)