観光業界では、官と民が連携し、アフターコロナに向けた在り方が議論されています。ただ、その前提となる国内外の観光客の回復ペースやレベルは誰も正確に見通せません。
幸い、沖縄県が有する豊かな観光資源や、アジア市場の成長(富裕層・中間層の増加)といった優位性は、コロナ禍前とおおむね不変です。加えて、最近の円安水準が今後も続けば、インバウンド需要には大きな追い風となるでしょう。一方で「コロナ禍を経験した人々の意識・行動の変容により、旅行需要は完全に元のレベルには戻らない」という指摘もあります。
前提である先行きが不透明ならば、今後生じる(かもしれない)「新常態」に備え、「7、8割経済」の下でも持続的に発展できるような「体質改善」を図ることが必要です。「第6次県観光振興基本計画」でも、改めて「量から質への転換」が掲げられていますが、今後は「体質改善」が「新常態に備えた待ったなしの課題」になります。ではどうすれば、(現在に至るまで)思うに任せない「量から質」への展望が開けるでしょうか。
一つのアプローチとして前回提言した「地域(住民)の尊重」が突破口になると考えています。
今回のコロナ禍では、当初から県民による旅行・宿泊や土産品購入などが呼び掛けられました。「県民が苦境にある観光業を支援しよう」という構図です。今後は観光業が発想を逆転させ、「マイクロツーリズム」と「地域(住民)に貢献する理念」をセットにし、県民の顧客化(県民を対象とした事業展開・商品開発)を重点戦略の一つに位置付け、恒常的に取り組んではどうでしょう。
コロナ禍前のデータ(沖縄観光が活況を呈していた2018年度中のデータ)を見ると、沖縄県における「入域観光客の消費額」と「県民の消費額」は、約3対10です。圧倒的に後者の金額の方が多いのです。「途中立ち寄り・短時間滞在の買い物客」(=宿泊せず、消費時間・機会の少ない方々)が多いクルーズ船観光客に過度に頼るよりも、県民のニーズをきめ細かく掘り起こす方が、「人泊数」や「1人当たり消費額」の増加が期待できるのではないでしょうか。また県民の顧客化は、従来からの課題である「年間需要の平準化」にもつながります。
既に、一部の観光施設、ホテル、お菓子・飲料メーカーなどが、県民を対象にした集客や商品開発を強化しています。コロナ禍に背中を押された結果とはいえ、観光業が県民を顧客と位置付けることは、「質への転換」の足掛かりになるほか、地域(住民)への配慮・尊重・貢献にもなります。
前回取り上げた「ステークホルダー資本主義」や「パーパス経営」、さらには「SDGs経営」の共通理念は、いわば「利他の精神」です。企業は、中長期的に見れば、目の前のお客さまや株主だけでなく、従業員・取引先・地域社会などを尊重し、その背後に広がる社会全般に貢献できてこそ、結果的に利益が出せて存続し、発展できるのです。私自身、日々のビジネスでそれを実感しています。今回のコロナ禍は、突然の外的ショックでしたが、経営者が「商いの本質」を改めて考える機会にもなったと思います。
こうした考え方は、観光業に限らず、全ての企業に当てはまります。主力の観光業が率先して実践し、他業種のロールモデルとなれば、県全体の取り組み機運も加速します。繰り返しになりますが、観光業の「量から質への転換」にもプラスに働くはずです。
(桑原康二、元日銀那覇支店長)
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沖縄が日本に復帰して今年で50年。県民所得が全国最下位水準で貧困問題を抱えるなど県経済の課題は多い。沖縄の経済を鋭い視点で見つめてきた元日銀那覇支店長の桑原康二氏に現状分析を基に提言をしてもらう。
くわはら・こうじ 1965年広島県生まれ。シェークスピアと西洋美術史の研究者を志し、東京芸大を志望するが断念し、東京外大・英米科に入学。紆余(うよ)曲折を経て再度方向転換し、89年に日本銀行入行。那覇支店長などを務め、現在は会社役員。