沖縄県糸満市真栄里の白梅之塔の前に並べられた県立第二高等女学校(白梅学徒隊)の当時4年生29人の遺影。元学徒の武村豊さん(93)は23日、遺影をなぞり、命を奪われた一人一人の思い出を語り続けた。中山きくさん(93)は「次世代に平和を残したい」と強く訴えた。沖縄戦から77年がたち、塔まで来られる元学徒は少ない。90歳を超え、体調も思わしくないこともある。それでも亡き友の命を奪った戦争を二度と繰り返してはならないと力を振り絞って足を運んだ。
23日は、白梅継承の会が協力し自主参拝という形で慰霊祭を実施した。それぞれあいさつが終わった後、中山さんは「自分たちがいなくなっても(慰霊祭が)なくなっていいとは思えなかった。若い人たちが大事にしてくれて感謝している。平和の発信地として続いてほしい」と語った。
元白梅学徒らが体験を語り始めたのは戦後50年の1995年。中山さんの呼び掛けで戦争体験記録「平和へのみちしるべ」をまとめた。中山さんは語り部として活動し、数年前に引退するまで、若い世代と交流し、平和の大切さを訴え続けてきた。自身の体験から軍国主義教育を批判し、戦争を美化せず伝えることにもこだわってきた。
23日も多くの若者らが中山さんを取り囲み、ロシアのウクライナ侵攻や台湾有事に関して意見を求めた。
中山さんは声を少しからしながらも力強く念押しした。「平和は勝ち抜いてつくるのではない。話し合ってね、戦争をしない方向に進むと信じたい」
(中村万里子、写真も)