「去年亡くなった」「寝たきりで話せない」高齢の証言者、探し出すのも困難<記者が語った沖縄戦取材>


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新聞紙面を囲んで意見を交わす沖縄戦を取材した記者たち=6月24日、那覇市泉崎の琉球新報社(小川昌宏撮影)

 6月の慰霊の日に合わせ、琉球新報は沖縄戦体験者の証言をつなぐ連載「あの日生かされて 沖縄戦77年」を計8回にわたって掲載した。連載は、戦場で追い詰められた住民の生死を分けた事柄やその背景、分岐点を探った。6月23日付の特集では、市町村史が各地の戦争体験を記録し継承してきた意義や今後の課題なども紹介した。担当したのは20~30代の記者たち。連載や慰霊の日の取材を通して感じたことを話し合った。

 6月の慰霊の日に合わせ、琉球新報は沖縄戦体験者の証言をつなぐ連載「あの日生かされて 沖縄戦77年」を計8回にわたって掲載した。連載は、戦場で追い詰められた住民の生死を分けた事柄やその背景、分岐点を探った。6月23日付の特集では、市町村史が各地の戦争体験を記録し継承してきた意義や今後の課題なども紹介した。担当したのは20~30代の記者たち。連載や慰霊の日の取材を通して感じたことを話し合った。

 まず記者たちが口々に語ったのは、証言をしてくれる人を探すことの難しさ。見つけたと思っても「去年亡くなった」「寝たきりになってしまい、話ができない」などと伝えられ、悔しい思いもする場面もあった。

 金城実倫記者は特別養護老人ホームにいる94歳の女性に取材に応じてもらった。「高齢であまり時間をかけられないため、質問をあらかじめ絞るなど工夫をした。当時16~17歳。もう少し下の世代からも直接に証言を聞くことは今後、難しくなっていく」と振り返る。

 ことし入社し、初めて沖縄戦関係の取材を経験した金盛文香記者は、体験者5人の取材候補のうち、1人は連絡先が分からず3人には断られた。最後の男性は自宅から離れた畑で作業中。「ご家族に、土地が分からない人には見つけられない場所と言われたけど、どうにか見つけないといけないという思いで探し出した。私たちは体験者から直接聞ける最後の世代になってきている。役割を自覚して取材していきたい」と思いを新たにした。

 同じく初めて沖縄戦体験者を取材した狩俣悠喜記者は「体験者の表情や息づかい、切実な思いを間近でひしひしと感じた。体験者の話を本、テレビなどで知ることも大切だが、直接話を聞く重要性を感じた。今後も体験者の話を聞いて読者に伝えたい」と今後を見据えた。


沖縄戦連載・特集を担当した暮らし報道グループの記者

【暮らし統括班】
稲福政俊(39歳、キャップ)
中村万里子(38歳、サブキャップ・編集委員)
嘉陽拓也(39歳、厚生担当)
赤嶺玲子(39歳、フリー担当)
知念征尚(35歳、フリー担当)
中村優希(26歳、フリー担当)
嶋岡すみれ(28歳、生活面担当)
狩俣悠喜(28歳、気象担当)
金盛文香(22歳、福祉担当)

【那覇・南部班】
金城実倫(36歳、南城市、与那原町、渡嘉敷村、座間味村担当)