「世界一のおっさんになりたい」。2019年に48歳で出場したアジアマスターズ陸上400メートルリレーで世界記録を樹立した譜久里武さん(51)=久米島町出身=の夢は、まだ終わらない。「何をやってもだめ」な少年時代。そして出合った大好きな陸上も、勝利にこだわるあまり一度は引退した。「失敗もした。恥もかいた。それでも全ての経験が夢につながった」と今も走り続ける。
中高はバスケ部、野球部に所属したが芽が出ることもなく、「地味で目立たない」存在だった。高校卒業後はパソコン関係の専門学校への進学を考えたが、高校3年生の時、陸上部の生徒の代走で地区運動会の100メートルに出場した。大会まで「やみくもにダッシュしてたら速くなっちゃった」と、驚きの優勝を飾る。「陸上をしなさい」との先生の言葉で競技ができる大学へ進学した。大学2年生で県民体育大会初優勝。帰宅後に「『沖縄最速の足だ』と自分の足にキスした」と、当時のことを鮮明に思い返す。
めきめきと頭角を現し、国体や実業団などで好成績を残した。しかし20代後半から記録が落ち始める。周囲の視線も気になり、勝つことだけが使命になっていた。好きだったはずの陸上が苦しくなり、35歳で引退。その後は仕事に専念したが、体重は100キロ近くまで増えた。忙しい日々を過ごしながら「心にぽっかり穴があいていた」。
その時に年齢制限のないマスターズ陸上の存在を知り、記録への挑戦に「根拠のない自信が湧いた」と37歳で復帰を決意した。周りは「無理だ。寿命が縮まる」と反対だった。復帰直後の走りを見て笑われたこともあった。「当たり前のことをやっても意味ない。陸上の専門誌に40歳は載ってない」と年齢や分野を問わず、感覚の秀でた人を参考にした。琉球舞踊や空手の師範などに体の使い方、表現を学んだ。「速く走れる材料はないか」とひたすら試行錯誤を繰り返した。
再び活躍を見せ、着実に成績を残していった。迎えた2015年世界マスターズ陸上400メートルリレー。「直前のアップでは高校生みたいに大緊張した」と振り返る。「大観衆の前で走れる40代は幸せだ」とメンバーと言葉を交わした。結果は見事、金メダル。初めて世界一を達成し泣いた。19年の同大会で達成した念願の世界記録樹立は「夢がかなった」瞬間だった。
それでももう、立ち止まることはない。次に掲げるのは「100メートルで金」。しかし目指す姿の1つは大会で出会った「200メートルを3分かけて走った90歳のおばぁ」。歴史に残る記録こそないが、総立ちの観客の拍手喝さいに最高の笑顔を見せたという。「勝ち負けが全てではない。21歳の時に出した自己記録は更新していない。けれども成長し続けている」と挑戦に終わりはない。
(金盛文香)
【あわせて読みたい】
▼基地内の学校に通い、那覇のスタジオで学んだ10代 伝える魅力に目覚めて 小川深彩さん(映画監督・俳優)
▼モンパチ歌う「夢叶う」でも「肩肘張らなくていいよ」意外なメッセージとキヨサクさんが大事にしていること
▼人生を決めた競馬との出合い、高3の夏のアルバイト…沖縄から北海道で競走馬牧場を設立 大城一樹さん
▼「このままでは何者にもなれない」タレントから落語家に転身 金原亭杏寿さんの決意
連載「夢かなう」
好きなこと自然体で 幼いころに見た夢、学生時代に追いかけた目標、大人になって見つけたなりたい自分。一人一人目指す場所は違っても、ひたむきに努力する姿は輝いている。夢をかなえた人たち、かなえようとしている人に焦点をあて、その思いを伝える。