<書評>『「よりどころ」の形成史 アルゼンチンの沖縄移民社会と在亜沖縄県人連合会の設立』 哲学的問いから問題提起


社会
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『「よりどころ」の形成史 アルゼンチンの沖縄移民社会と在亜沖縄県人連合会の設立』月野楓子著 春風社・4730円

 一見、表題と副題が逆なのでは、と思わされるところに本書の最大の特徴がある。「論文や学術書ではよしとされないほとんど直感的なもの」である「よりどころ」という感覚を軸に、「在亜沖縄県人連合会」の形成過程を筆者は追っている。「何らかの『よりどころ』があれば、人はなんとか『生きる』を続けられるのではないか」、という著者の哲学的な問いが興味を引く。「エスニシティ」や「ナショナリティ」などアイデンティティーの政治学を前提とした、いわゆるマイノリティー研究とは一線を画す位置からの問題提起だ。

 在亜沖縄移民社会と在亜沖縄県人連合会に関するこれだけ包括的で詳細にわたる研究は、本書が初めてであろう。特に第五章「救済活動による戦後組織の展開」には、戦後のアルゼンチンにおける沖縄出身者の故郷への支援についての記述がある。550頭のハワイ豚輸送が有名だが、本書にあるような戦後の救済運動がハワイ以外の移民社会でも実施された事実は、もっと認知されるべきだろう。

 個人の主体は常に複合的である。数ある「よりどころ」の中からなぜ「沖縄」がこれだけの意味を持ち、必要とされるのか。アルゼンチンでは比較的緩やかだったにしても、他の移民社会に見られるように、むしろ被差別的な「沖縄」を引き受け、なぜ献身的に「故郷」のため救済活動に身を投じたのか。ハワイの豚輸送に至っては命まで賭けて。個人的な心理ニーズである「よりどころ」のたまたま共通部分としての「沖縄」が集団的くくりとして機能し、世界のウチナーンチュ大会までも可能にする、という筆者の結論には違和感も残る。先祖への感謝や自己理解、次世代への思いなど、「よりどころ」では言い尽くせない次元にウチナーンチュ大会はあるようにも思われる。いまだ「イデオロギーよりアイデンティティー」という言説が生まれ、ウチナーンチュの紐帯(ちゅうたい)の強さという物語を移民社会との関係性にも求める現代沖縄において、本書は新たな問題意識を提起する書でもある。

(新垣誠・沖縄キリスト教学院大教授)


 つきの・ふうこ 沖縄国際大専任講師。主な著作に「中南米地域の邦字新聞を活用した日本人移住に関する諸研究―『らぷらた報知』の創刊と『在亜沖縄県人連合会』の設立」など。