石垣市平得大俣に建設中の陸上自衛隊の駐屯地が3月にも開設する。行政区域に尖閣諸島を抱えるなど中国の動向に敏感にならざるを得ない市民の中には陸自配備を歓迎する声がある一方で、同地への配備の賛否を問う住民投票が宙に浮くなど、民意の行方は不明確なまま工事は進んだ。さらなる防衛力強化の波が県内に押し寄せる中、政府が10年余りを掛けて進めてきた南西諸島の「力の空白」を埋める作業は、一つの区切りを迎えようとしている。
防衛省・自衛隊は2010年の防衛大綱で方向性を示した「南西シフト(重視)」政策の下、先島などへの陸自配備を進めてきた。与那国島の沿岸監視部隊を皮切りに、宮古島や鹿児島県の奄美大島にミサイル部隊を発足させた。
その延長線上に石垣駐屯地開設がある。防衛省関係者は空白を埋めるという点で「一定の基盤は確保できた」と意義づける。
一方で駐屯地の建設地は豊かで静かな農業地帯。「なぜここなのか」。周辺4地区(於茂登、開南、川原、嵩田)は公民館として計画発表当初から配備反対の声を上げ、反対運動の象徴的存在でもあった。ただ施設整備が目に見える形で進むにつれて、意識の変化もある。
配備反対を訴え続けてきた周辺4地区在住の60代男性=農業=は「個人的には仕方ないと考えている」と話す。近隣に住み、勤めることになる現場の自衛隊員といがみ合いたくないからだという。ただ、安全保障を理由に“決定事項”として進んだ配備の過程には「全然納得はしていない」。
住民投票実施に向けて活動する「石垣市住民投票を求める会」の金城龍太郎代表は「住民の意思確認を取る作業は国防が関わる中でも必須条件ではないか」と指摘する。
着工前に市内有権者の約36%に当たる1万4263筆の署名をもって求めた住民投票は、市議会の直接請求の否決などを経て、現在も実施できていない。現在は司法の場で実施を求めている。
駐屯地開設が迫る中、「(住民投票は)もういいんじゃないか」との声もある。だが金城代表は「民意を問うプロセスを踏まずに進められる事例にはしたくない」と語る。
陸自配備を巡って不信感や無力感をうっ積させる市民がいる中、さらなる防衛力強化の動きもある。防衛省関係者は中国の動向を踏まえて「5年後はどうなっているか想像できない」とし、安全保障関連3文書で計画した以上に強化が必要となる可能性も示唆した。
前出の男性は矢継ぎ早に打ち出される防衛力強化の方針に危機感を強め「自分はもう年だからここから動けない。ただ若い人にここに住めとは言えない」とつぶやく。
融和の模索と同時に、増幅する懸念と不信感。そんな小さな声をかき消すように、駐屯地建設地周辺には掘削音が響く。
(大嶺雅俊、明真南斗)
連載「自衛隊南西シフトを問う」
2010年の防衛大綱で方向性が示された自衛隊の「南西シフト(重視)」政策の下、防衛省は奄美、沖縄への部隊新編、移駐を加速度的に進めてきた。与那国、宮古島に続き、今年は石垣駐屯地が開設される。22年末には戦後日本の安全保障政策の大転換となる安保関連3文書が閣議決定され、南西諸島の一層の軍備強化が打ち出された。南西シフトの全容と狙い、住民生活への影響など防衛力強化の実像に迫る。