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「住民避難」空文化の懸念 民間人の輸送、自衛隊関与は不透明 後手に回る「国民保護」<自衛隊南西シフトを問う>18


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
「機動展開能力・国民保護」と明記された国家防衛戦略の目次の一部(下線は加筆)

南西諸島の抑止力増強に向けた取り組みが急速に進められる一方で、最優先されるべきはずの「国民保護」は後手に回っている。特に重視されているのは、武力衝突が起きる前に住民を安全な場所に避難させる「住民避難」の取り組みだ。

琉球新報が昨年末に実施した県内全41市町村を対象にした調査では、住民避難に必要となる運行事業者の輸送能力を「把握していない」と回答した自治体が63・4%(26市町村)あった。先島地域では輸送力を含めた具体的な検討が進む一方で、人口が集中する沖縄本島では遅れが目立つ。

沖縄本島は米軍基地が市街地と隣接する形で集中する。米シンクタンクの分析でも「台湾有事」には米軍の航空基地などが中国によるミサイルの標的になるとの見方が示され、民間地への被害が懸念される。

自治体の担当者は「島外脱出などを市町村レベルで設定するのは難しく、また実効性が保てない」(名護市)などと市町村による避難計画策定の「非現実性」を訴える声が相次いだ。

こうした懸念に押されるように、政府が昨年末に閣議決定した安保3文書では「自衛隊は島しょ部における侵害排除のみならず、強化された機動展開能力を住民避難に活用するなど、国民保護の任務を実施していく」と明記された。

政府は従来、住民避難は自治体の役割だとしてきており、安保3文書の記述は政府が重い腰を上げたようにも映る。

だが、実際は防衛力強化について住民の理解を得るために後から強調された側面が強い。防衛省は昨年8月の概算要求時や同10月の有識者会議で防衛力強化の7本柱を示したが「国民保護」の文言は入っていなかった。同12月に最終決定した安保3文書で、防衛力強化の7本柱として機動展開能力と併記された。

文面上は位置付けが格上げされた格好だ。

関係者によると自民、公明両党から安保3文書に関して協議の場で「国民保護にも取り組まなければ理解を得られない」との指摘が上がり、国民保護の記述を増やした。

ただ、自衛隊が実際に住民避難にどう関わるかは不透明だ。

自衛隊の住民避難への関与を巡り政府内で以前からささやかれるのが、有事が近づいた時期に県外から南西諸島へ部隊や装備を船舶などで運んだ後に折り返す船で住民を運ぶ案だ。だが、この考え方に防衛省内でも課題を指摘する声が上がる。

ある自衛隊関係者は「自衛隊の船は狙われる。状況次第で住民避難に使う可能性は否定しないが、適した選択肢ではない」と語った。

与党関係者の一人は、他国による武力攻撃の可能性がある「武力攻撃予測事態となれば、自衛隊は部隊移動に全力を入れなければいけない。民間人を運ぶ余裕はほとんどない」と強調。自衛隊が住民避難に関わる場面は限定的だとみる。

安保関連3文書に鳴り物入りで盛り込まれた「住民避難」への自衛隊の関与は、空文化しかねない実態が浮かぶ。

(知念征尚、明真南斗)

連載「自衛隊南西シフトを問う」

2010年の防衛大綱で方向性が示された自衛隊の「南西シフト(重視)」政策の下、防衛省は奄美、沖縄への部隊新編、移駐を加速度的に進めてきた。与那国、宮古島に続き、今年は石垣駐屯地が開設される。22年末には戦後日本の安全保障政策の大転換となる安保関連3文書が閣議決定され、南西諸島の一層の軍備強化が打ち出された。南西シフトの全容と狙い、住民生活への影響など防衛力強化の実像に迫る。

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