1972年の沖縄の施政権返還を前に、日米両政府はさまざまな密約を結んだ。財政密約もその一つで、復帰によって米側に生じる巨額の財政負担について、日本側が肩代わりすることを国民に隠したまま約束していた。
西山さんは、米軍の軍用地の原状回復費用400万ドル(1971年6月のレートで約14億円)を日本が肩代わりすることを示す文書を71年に入手し、報じた。
西山さんは国家公務員法違反の罪で有罪が確定した。その後、財政密約を示す文書が米国立公文書館で発見されたが、日本政府は密約の存在を否定し続けた。
2006年、元外務省アメリカ局長で米国との沖縄返還交渉を担当した吉野文六氏(15年死去)が、政府関係者として初めて肩代わり密約の存在を認めた。
西山さんらは08年、外務省などに文書の情報公開請求をしたが「不存在」を理由に開示されず、09年に不開示決定取り消しなどを求め提訴した。一審で勝訴したが二審で逆転敗訴、最高裁でも敗訴した。
10年には外務省有識者委員会が肩代わり密約を1960年日米安保改定時の「核持ち込み」、朝鮮半島有事の「在日米軍の出動」とともに密約と認定した。
(沖田有吾)