⑥父改心 家族で奮起 「頑張れよ」言葉に涙


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授業が始まる1時間前に登校し、教室で自習する男子生徒。手に持つシャープペンシルの先の消しゴムは使い切って擦り切れている=県内の高校

 両親が声を張り上げて言い争っている。目をつむり、「寝よう、寝よう」と集中するが寝付けない。同じ部屋で寝る妹のすすり泣きが聞こえてきた。現在、高校2年の男子生徒(18)は伏し目がちに当時を振り返った。
 口論はほぼ毎晩続き、睡眠不足は深刻だった。「朝起きて親と顔を合わせるのが怖かった」。朝食を取らずに家を出るのが当たり前だった。
 酒に酔った父が家族に当たるようになって以来、学校でも気が付くと家庭のことばかりを考えていた。「今日も言い争うのかな」「帰りたくないな」と考えが頭をめぐり、授業の内容は入ってこない。中学2年の時、本格的に授業に付いていけなくなった。学ぶ目的も分からず、意欲も湧かない。高校受験に失敗し、1年浪人した。
 何事にも自信が持てず、家に帰っても父を刺激しないよう我慢を重ねる息苦しい生活。そんな中、少年の支えになったのはある中南米の景勝地だった。テレビに映ったその絶景に「一目ぼれ」した。図書館で本を借り、その写真を眺めるだけで心が落ち着いた。
 「自分がその場にいて、椅子に座って景色を眺めている。いつでも目を閉じればその風景をはっきり思い浮かべることができる」と目を輝かせた。この景色の魅力を語りだすと、友人から「しつこい」と笑われるほど熱が入る。
 中学2年の終わりごろ、両親の言い争いが特に激しい日があった。父はいつもより大量に飲酒しているようで、母に暴力を振るっていた。興奮した母が包丁を取り出し、自ら命を絶とうとした。「一瞬、何が起きているのか理解できなかった」。驚いた父が急いで包丁を奪い取ると、母は泣き崩れた。長い沈黙が流れた。
 翌日から父は酒を控え、仕事を探すようになった。高校2年になった少年は「あのころ何をしていたんだろうって後悔してると思う」と父の気持ちを推し量る。「改善した様子も見てきたし、嫌いにはなれない。本当は家族思いだから」

 現在、父は高賃金を得るため、県外へ出稼ぎに行っている。家計の収入は増えたが、父が働いていなかった期間の借金を返すため、家族は今も質素な生活を続ける。少年と妹は高校に通いながら、週4、5日のアルバイトで家計を支える。
 少年の将来の夢は好きな景勝地のガイドになることだ。進学して語学や知識を身に付けた方が夢に近づくと分かっているが、学力の問題でちゅうちょしている。学費は奨学金で工面できそうだが「進学したところで授業に付いていけるか。そもそも合格できるのか」。不安が頭をもたげる。
 ただ中学のころと決定的に違うのは学ぶ意欲があることだ。父が仕事を探していたころ、少年は高校浪人中だった。夕飯を食べていると突然、父が真っすぐ目を見て口を開いた。「頑張れよ」。初めて父親から掛けられた優しい言葉だった。「耳を疑った。衝撃だった」
 言葉の意味に理解が追いついた途端、涙があふれた。気付くと両親も泣いていた。心に積もっていた怒りや不満が吹き飛んだ。「やっと家庭に向き合ってくれた。この時を思い出すと、頑張らないといけないなと思う」
 今は午前7時から午後2時までバイトをし、夕方から学校に行く。授業開始の1時間ほど前に登校し、自習する。バイト代をためて買った教科書を常に持ち歩き、バイトの5分の休憩中も開いている。午後9時すぎに授業が終わった後も深夜まで勉強する日もある。
 中学でつまずいた分を取り戻すのは簡単ではない。これだけ勉強しても「なかなか成績が上がらない」と頭を抱える。来年は3年生。近く就職か進学か決断しなければならない。
 「どっちにしても今は頑張って勉強しないといけない。お父さんも遠くで頑張っている」。家族のため、自らの夢をかなえるため、今日も机に向かう。(子どもの貧困取材班)