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廃校をパビリオンに 移築中に31年前の手紙発見 河瀬直美エッセー<とうとがなし>(11)


廃校をパビリオンに 移築中に31年前の手紙発見 河瀬直美エッセー<とうとがなし>(11) 廃校になった奈良県十津川村の中学校。大阪・関西万博のパビリオンとして移築する
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 大阪関西万博のプロデューサーを任命されたのは3年前。「いのち」をテーマにしたパビリオンの建設。そしてその中で繰り広げられるコンテンツ制作を担う。「いのち」をテーマにした中でも特に私が担うのは「いのちを守る」というものだ。

 パビリオンの中でこのテーマを体現できるものとは何だろうと考えた時に、ある朝、起き抜けに降りてきたビジョンはこうだった。命を守らなければならない状況には命を脅かす何某(なにがし)かが存在する。それは戦争でもあるし、自然災害でもある。けれど、いちばん怖いのは、もしかしたら、私以外の「他者」ではあるまいか? その裏を返せば自分自身の心の有り様なのではないだろうか? 私の中に目の前の「あなた」を存在させ、それを自分ごととして考えることができれば、世界中から戦争はなくなる。いや無くしたい。

 万博は1970年のそれに代表されるように、「進歩」をテーマに明るい未来を想像する目新しいものを陳列した。月の石はその代表だろう。けれど、あれから55年の年月が経った2025年に世界中の方に渡したいメッセージ。それは「分断」を越えた対話による「つながり」に他ならないと私は思う。

 そのためには「対話」を繰り返し、つながる心を宿したい。世界を巻き込むロシアのウクライナ侵攻。21世紀にこんなことが起こる不思議。人類はいったい先の大戦で何を学んだのか。この戦争の影響によりパビリオン建設の資材高騰と建設会社が入札しない事態が相次いで、万博のネガティブなニュースが繰り返されている。

移築中の中学校の内部

 幸い河瀬館はそのコンセプトも好評でゼネコンとのやりとりも順調。奈良県の最南端十津川村の廃校になった中学校を丁寧に解体し、万博会場に新たな形で移築する。100年近く前、子供たちのために集落の人々が自分たちの山にあった木を伐採して地元の大工たちが建てたそれは、骨組みもしっかりしていて往時の人々の想いの強さを物語る。

 先日、解体現場を撮影していると、屋根裏部屋から31年前の中学生が書いた手紙が出てきた。そこには、「30年後の私たちは、みんなそろっているでしょうか」と書かれ、その下にはクラス全員の名前が連なっていた。しかし手紙の主は6年前に39歳の若さで他界。6歳と9歳の子供を残しての突然の死だった。亡くなった女性の実母にお手紙を渡しに行った時、彼女はそれを見た途端に泣き出し、こう告白した。娘が意識不明の連絡を受けて神社に祈祷(きとう)をお願いするも、命が救われなかったことに対して、心の中に神様への『恨み』がわだかまっていたが、この手紙が届いたことで払拭できた…と、手紙を握りしめながら号泣された。

 手紙には30年後の2022年が過ぎるまで開封してはいけないと、書かれていて、図らずもその封印が解けた今年、2023年の夏に手紙は開封されることになった。万博でこの校舎を解体することを決めなければ、お母さんは心に神様への恨みを抱えて生きていくことになっていた。少なくともひとりの人の心を解放できたかもしれないと宿舎まで一人で帰る道すがら山に沈んでゆく景色を見て、私の中の「あなた」を想った。

(映画作家)