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命の讃歌届けたい 吉村正さんとパビリオン 河瀬直美エッセー<とうとがなし>(14)


命の讃歌届けたい 吉村正さんとパビリオン 河瀬直美エッセー<とうとがなし>(14)   タノカンサァ(田の神様)(C)相よるいのちの会
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 『玄牝(げんぴん)』というドキュメンタリー映画を2010年に完成させた。自然分娩(ぶんべん)を描いた作品で、愛知県岡崎市にある吉村医院という産婦人科医院を舞台に4名の出産を通して命の美しさを描いた作品である。

 現在日本において出産は病院の分娩台で行われることが常であるが、吉村医院は助産師さんの手によって畳の上でお産を実施している数少ない産婦人科医院である。ここの院長が吉村正さん。6年前に他界されたが、今でもこの方の哲学をもってお産に関わる助産師さんが全国にいる。

 私自身19歳の息子を持つ母であるが、自然分娩に憧れて吉村医院での出産を当時本気で考えていた。しかしながら奈良から愛知に通うことは物理的に難しく断念した。が、我が子は奈良の助産師さんにお世話になり、願いどおり畳の上で出産することができた。その後、吉村医院での四季を通して撮影した時間は私にとっても、当時5歳の息子にとっても思い出深いものとなった。

古屋の前に立つ吉村正先生(C)相よるいのちの会

 病院自体は普通の産婦人科医院だが、その裏にある古屋(ふるや)と呼ばれる藁葺(わらぶ)き屋根のお家がある。ここを中心に江戸時代にタイムスリップしたかと思うような光景が広がっていて、前には井戸、庭では妊婦が薪(まき)割りをしている。薄暗い家の土間には竈(かまど)があり、妊婦が割った薪でお米が炊かれている。切り干し大根、梅干し、お汁。質素な食事も極上の三つ星レストラン以上に美味しく感じるこの空間では、妊婦たちの笑い声が常に聞こえるなんとも幸せな場であった。

 大きな木の根元には吉村先生がどこかで見つけて手に入れたタノカンサァと呼ばれる田の神様の石仏が鎮座されている。それが吉村先生のお顔にそっくりで、私は行くたびにその笑顔にほっこりしていた。

 先生の7回忌に合わせて、来たる11月11日に敷地内にあるお産の家にて『玄牝』を上映し、古屋は役割を終える。なんとも切ない気持ちでいっぱいだ。続けてゆくことへの模索はこの6年で為されたはずである。運命は受け入れるしかない。そう思っていた10月14日の出来事である。

 大阪・関西万博のプロデューサーを務める筆者が自身のパビリオンを建設するにあたって、京都府は福知山市の廃校になった細身小学校仲出分校を移築する予定なのだが、プロジェクトの出発式のために安全祈願祭をこの校舎の前で行った。その時、祈願に来ていただいたのが、大原神社という安産祈願で有名な神社の宮司さんで、なんでも2016年に神社で『玄牝』を上映して吉村先生ともトークをされたと言うではないか。このような奇遇があるだろうか。

 私のパビリオンのテーマは「命を守る」である。そしてそのパビリオンの名称は「いのちのあかし」だ。まさに、新しく生まれてくる命への讃歌のようなコンセプトをもって来場者の皆様へお届けするプロジェクト。これが奇(く)しくも生涯をかけお産を通していのちの豊かさへの提案をし続けてこられた先生のメッセージとも相まって、先生の7回忌を目前に控えた今、彼の面影と共にスタートできたことの不思議。こうして私たちは目に見えないもの、先人からの加護によって生かされているのだろう。未来の人々が笑顔でいられる世界へ、届けたい願いがここにある。

(映画作家)