『近世琉球の王府芸能と唐・大和』 「異国」政治的に演出


社会
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『近世琉球の王府芸能と唐・大和』板谷徹著 岩田書院・9900円+税

 江戸時代、「鎖国」下の日本を訪れた琉球の外交使節は、珍しい「異国」の使者として大いにもてはやされた。なかでも将軍の御前で中国伝来の管弦楽(御座(うざ)楽(がく))を披露する楽(がく)童子(どうじ)という役職はその花形的存在であった。この役職に就くのは元服前の良家の子息で、女性のようなきらびやかな装束で、使節の行列に加わり注目を集めた。―ここまでは琉球の歴史に関心を持つ人であれば、多少なりとも聞いたり読んだりしたことのある話だろう。

 しかしこの役職はなぜ、誰によって設けられたのか、そもそも「楽童子」という名称はいつ登場したのか、といった点に関しては、基本的な事項であるにもかかわらず、これまで十分解明されておらず、従ってほとんど知られてこなかった。
 本書は、日本・中国との外交儀礼の場で国家(首里王府)によって上演された芸能―中国伝来の御座楽・唐躍(中国演劇)、琉球固有の組踊・端踊など―についての、精緻な史料分析に基づく極めて実証的な考察である。そこでは前述の楽童子に関する諸問題をはじめ、王府芸能の知られざる細部が次々と明らかにされる。
 本書が着目するのは、王府芸能の外交的な役割である。では外交戦略としての王府芸能の最大の価値とは何であろうか。本書によれば、それは琉球の異国性である。中国皇帝の使者には「異国」情緒溢(あふ)れる琉球の芸能が、「鎖国」下の日本人に対しては「異国」琉球の芸能に加え、中国から伝習された芸能も上演された。
 このように非対称かつ重層的な異国性を、首里王府は緻密な政治的計算とそれに基づく綿密な準備の上で(外交相手によって使い分けつつ)アピールし、それによって主体性を発揮し、かつ中国文化の受容を誇示したのである。
 武力ではなく文化に依拠せざるを得なかった小国琉球の外交において、王府芸能がいかに重要であったか。貴重な絵画を含む多彩な史料を使って「事実」を追い詰めていく本書は、圧倒的な説得力をもってそのことを我々に教えてくれるのである。(渡辺美季・東京大学准教授)
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 いたや・とおる 1947年、東京生まれ。早稲田大学文学部哲学科卒。同大大学院博士課程芸術学専攻単位取得満期退学。県立芸術大名誉教授。専攻は民族舞踏学。