『平久保半島サガリバナの原風景』 森の鼓動聞こえる写真集


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『平久保半島サガリバナの原風景』大塚勝久著 南山舎・3240円

 銀河や満月の光の下で清楚(せいそ)に咲く白やピンクのサガリバナ。可憐(かれん)なつぼみから妖艶(ようえん)な花を咲かせ、一夜限りで散る。その姿はファンタスティックで、まるで妖精のようだ。

 この写真集に収められたサガリバナの物語は2005年にさかのぼる。舞台は石垣島の北部に伸びる風光明媚(めいび)な平久保半島である。その年の春、米盛三千弘・邦子夫妻が畑近くの森で1本のサガリバナの古木を見つけ、なおも奥深く分け入ると300本余りが自生していた。世紀の大発見の瞬間である。

 さらに、環境省の調査により、平久保川流域、久宇良川流域一帯で4万4千余のサガリバナ大群落が確認されることになる。その後は、官民一体となった保存活動や普及活動によって内外にその価値が知られ始め、ことし4月には国立公園に追加指定された。

 同群落には、強靱(きょうじん)な生命力を感じさせるヤエヤマシタン、モダマ、あるいは優雅に舞うオオゴマダラなど、多種多様な動植物も共生する。この豊かな森の生態系は、実に何物にも代えがたい貴重な財産である。

 大塚勝久氏は、このサガリバナ大群落に初めて足を踏み入れた時のことを「まるでおとぎの国に迷い込んだよう」と振り返る。それ以来、自らも保存活動に関わりつつ、5年の歳月をかけてこの奇跡の森の風景を撮り続けてきた。この写真集からは、森の命の鼓動が聞こえてくる。しかもさまざまな動植物の祝祭がとらえられ、メルヘンの世界に誘う。

 大塚氏の写真家人生50年には、多くの運命的な出会いがある。例えば竹富島との出会いは、ライフワークのテーマ「人間性の原点回帰」の発見となった。そして米盛夫妻との出会いは、平久保半島のサガリバナ大群落との出会いにつながった。

 大塚氏は、こうしたことを「大塚勝久的幸福論」と表現する。そのためでもあろうか。読者にもまた、森の中を散策しているような、安らぎの時間を与えてくれる写真集である。
(砂川哲雄・詩人)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 おおつか・しょうきゅう 1941年大阪府生まれ、那覇市在住。大阪トヨタ自動車でカメラマン兼宣伝広報に携わり、80年にフリー写真家として独立。以来、八重山諸島を中心に有人、無人の沖縄50島の取材を続けている。