「おじいちゃんたちのスーパーにたくさんあるから大丈夫でしょ」。ブラジルではイースター(キリストの復活祭)になると、チョコレートのイースターエッグをお土産にする習慣がある。1997年3月、沖縄県系1世の大田真孝さん(60)=豊見城市金良出身=の長男イベス君=当時(8)=は、物乞いにイースターエッグを手渡した。大田さんは見知らぬホームレスに実家へのお土産を渡そうとするイベス君を注意したが、イベス君は「おじいちゃんのスーパーにはたくさんあるよ」と言って、優しい笑顔を浮かべてチョコレートを手渡した。
イベス君は、車を道路脇に止めた後に駆け寄ってくる子どもたちにイースターエッグのチョコレートを少しずつ分けた。
それから5カ月後の97年8月、イベス君が他界した。誘拐殺人事件だった。
亡き息子の優しさに感化され、大田さんは翌年からは毎年かかさず恵まれない人々にチョコレートを配り始めた。イベス君を突然奪った暴力をなくそうと、平和運動に力を入れた。講演でも平和を訴えてきた。
4、5年がたち、自分たちの声が政府に届かない葛藤を感じたことなどで運動から身を引こうとしたことがある。だが、イベス君のことを思うとやめることはできず、一個人として築き上げていたビジネスを手放し、活動に専念するようになった。
ブラジルにはびこる暴力に対抗するには国の法制度改革が必要だと感じ、自ら政治に関わることを決心した。県系1世のため、まだ市民権がなかった2010年の選挙では市民権のある妻ケイコさん=県系2世=に代わりに連邦議会の下院議員に立候補してもらった。その後、自身もブラジルの国籍と参政権を取得し、12年にサンパウロ市議会議員に立候補、初当選。16年に再選を果たし今年2期目を迎える。
サンパウロ市議会の議員事務所の入り口には、イベス君の特大写真が掲げられている。隣の壁には妻と娘たちと一緒に写った家族写真があり、大田さんの家族に対する思いが伝わる。議員の個室には移民当時の特大写真もある。
大田さんは1959年、2歳の頃にブラジルに家族と共に移民した。一家は果物の倉庫や縫製業から身を興し、スーパーを営むようになる。自身は結婚後、織物店をはじめ、やがてチェーン店を持つまでに成長、ブラジルの「100円均一」ともいえる「1・99レアル店」のビジネスを始めた。
稼業も軌道に乗り、家族にも恵まれて何不自由ない生活を送っていたところに誘拐事件が起き、幸せな日常が失われた。「犯人たちを憎んだこともあったが、憎しみは自分を害するだけ。人を許すことの大切さを知ってもらうために講演している」と話す。
市議会ではサンパウロ市東部にあるビラ・カロン区にある病院の再稼働や、青少年の心のケアを充実させる市立校で心理カウンセリングの実施に向けた活動に奔走している。(城間セルソ明秀通信員)