社会

普天間、墜落の恐怖は今も キャンパスの墜落事故から13年

米軍普天間飛行場に駐機するオスプレイ=12日、沖縄県宜野湾市(新里圭蔵撮影)

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場に隣接する沖縄国際大に米軍ヘリが墜落してから13日で13年となった。日米で合意している同飛行場の返還はまだ実現していない。オスプレイ墜落など所属機の事故が繰り返され、周辺住民の負担は物理的にも精神的にも増している。13日、大学や市民団体は事故の経験を継承して普天間飛行場閉鎖を求める集会を開く。

 2004年8月13日午後2時15分ごろ、沖国大に米海兵隊のCH53D大型ヘリコプターが墜落した。市街地の中央にある普天間飛行場は21年前に返還が日米両政府により合意されているが、今も大学と危険な基地が隣接する状況は変わっていない。

 沖国大は13日午後2時から同大墜落現場のモニュメント前で「普天間基地の閉鎖を求め、平和の尊さを語りつぐ集い」を開催する。

 第1部で大学は日米両政府宛てに普天間飛行場の閉鎖を求める学長声明を出す。

 午後3時からの第2部では当時在学していた卒業生が体験を語り、在学生らが朗読ライブを披露する。

 普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古での基地建設の阻止などを目指す「島ぐるみ会議・ぎのわん」は、午後4時から宜野湾市役所前で抗議集会を開く。