教育

「軍が強制」の記述は復活せず 沖縄戦の「集団自決」 教科書検定の県民大会から10年

 高校の歴史教科書から、沖縄戦の「集団自決」(強制集団死)での日本軍による強制を示す記述を削除した検定意見の撤回を求める沖縄県民大会が2007年9月に開かれてから、29日で10年となる。「歴史の改ざんだ」と県民から抗議の声が上がり、文部科学省は07年12月に記述を「日本軍の関与」として部分的に認めたが、「日本軍の強制」を示す記述は復活してない。

 文科省が06年度検定で「集団自決」の強制の記述を削除した背景には、慶良間諸島に駐留していた元日本兵や遺族らが「沖縄ノート」の著者・大江健三郎さんと版元の岩波書店を訴え「集団自決」の軍命の有無などを争った「大江・岩波」裁判があった。元日本兵らが「軍命はなかった」と裁判で陳述した。

 この裁判は「新しい歴史教科書をつくる会」の活動に代表される、従軍慰安婦や南京大虐殺などアジア太平洋戦争での日本の加害性を薄める歴史修正主義の流れに位置付けられる。高嶋伸欣琉球大名誉教授は「南京大虐殺などに続き、歴史修正主義の矛先が『集団自決』に向いた」と指摘する。

 文科省と検定審議会は、裁判でのこの陳述を参考に「沖縄戦の実態を誤解する恐れがある」との検定意見を付け、高校歴史教科書の5社7冊から「集団自決」での「日本軍の強制」を示す記述を一斉に削除させた。県内で抗議が広がり、県民大会には11万6千人が結集し、検定意見撤回と記述回復を求めた。

 県民大会後の同年10月、渡海紀三朗文科相(当時)は再修正を認める考えを示し、各教科書会社も再修正作業に入った。しかし文科省は「強制」の明示を認めず、各社は文案を何度も練り直す。ある社の編集者は「文科省は具体的に『こう直せ』とは言わないが、意図する記述に誘導するように修正を求めてきた」と調整の厳しさを語った。

 結局、07年12月に多くの社が、日本軍が住民に教育や宣伝をしていたことや手りゅう弾を配ったことに触れ、住民が「集団自決」に「追い込まれた」という記述で検定に合格した。

 検定意見の撤回はなされず、07年12月に文科省は「軍の命令によって行われたことを示す根拠は、現時点で確認できていない」とする「検定審議会の基本的なとらえ方」を出す。現在も「集団自決」を巡る記述はこの基準を基に判断されている。

 10年を迎えた今、実教出版教科書の執筆に携わった石山久男さんは「文科省の決めた枠内でしか記述できない。根本的解決には検定意見の撤回しかない」と語気を強めた。(塚崎昇平)