「勝訴」の旗を、誇らしげに掲げた。東京電力と国の責任を認めた10日の福島地裁判決。原発事故を受けて沖縄に避難した生業訴訟の原告らは、那覇市内のカフェで集会を開き、判決内容を確認すると抱き合って喜んだ。福島県だけでなく、隣接県からの避難者への賠償も一部認められ、原告は「今後につながる第一歩だ」と声を弾ませた。
集会ではインターネットテレビ電話で福島地裁前の様子が中継された。午後2時過ぎ、判決を伝え聞くと「やった」「すごい」と喜びの声を上げた。
沖縄の原告は約70人。避難区域に住んでいた人や、区域外から自主避難した人など事情はさまざまだ。旧避難区域の福島県南相馬市小高区から八重瀬町に避難した大橋文之さん(59)は「国が勝手に決めた区域によって分断が起きた。それぞれ事情が違うにも関わらず、一致団結して来た。今後につながる第一歩だ」
福島県白河市から自主避難した那覇市の伊藤路子さん(69)は「残った友達や家族との気持ちの行き違いなど、大変なことがたくさんあったが、多くの仲間のおかげでうれしい日を迎えられた」と笑顔を見せた。
水戸市から那覇市に避難し、沖縄支部代表の久保田美奈穂さん(38)は、茨城県からの避難者にも一部賠償が認められたことに「福島以外の地域も、声を上げたら認められるかもしれないという期待が出てきた」と涙ながらに語った。一方で、栃木県や福島県会津地方などの原告への賠償は退けられた。福島県郡山市から那覇市に自主避難した50代の原告女性は「また分断か、と思ってしまう」と声を落とした。
福島市から那覇市に自主避難した隈井士門さんは「この判決で、沈黙を守っていた人も『言う権利がある』と気付き、どんどん輪を広げられるといい」と期待した。