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中城村教育委員会、移民調査班を設置 人つなぎ、面会実現 4世・山之端さんも親族と

来沖した比嘉エリックさん(左)と迎えた比嘉恒夫さん(左から3人目)=7月15日、中城村の護佐丸歴史資料図書館

 【中城】沖縄県内でも海外移民を多く送り出した市町村の一つである中城村が、海外渡航した出身者の情報収集など、中城に関する移民の調査を本格化させている。ことし4月から村教育委員会に専任の移民調査班を置き、班員2人を配置した。海外の県系人から舞い込んだルーツ探しの依頼に対応するなど、フル稼働している。

 「ハワイのエリックさんという方が比嘉さんを探しています」。中城村津覇の比嘉恒夫さん(75)に村教育委員会の調査班から連絡があったのはことし6月。数十年前まで何度かハワイから帰省することのあった、いとこの故盛仁さんにそういう名前の孫がいることを覚えていた。比嘉さんは「こちらも会いたいです」と返答し、面会が決まった。

 来沖したのは盛仁さんの孫、4世の山之端エリックさん(37)、エリックさんの叔母の比嘉シャーロン・ジュン子さん(69)、比嘉オードリー・ヨウコさん(58)ら。沖縄への旅行を予定していたことから、エリックさんが村役場にルーツを探したいとのメールを送っていた。

 恒夫さんとは全員が初対面。あいさつを交わすと、盛仁さんの祖父母が暮らした屋敷や、盛仁さんが出た津覇小学校を見て回った。また、互いに持ち寄った家系に関する資料を突き合わせ、名前の読み方や漢字などを確認し合った。

 恒夫さんの3人の伯父は全員が若くしてハワイに渡り、恒夫さんの父で四男の盛茂さんだけが中城に残った。盛茂さんはその後、東京で医学を学ぶが、ハワイからの送金など兄弟らからの支援があったという。

 面会をすぐに希望した恒夫さんにはある思いがあった。「父の学業を支えてもらったほか、戦後の苦しい時期にもハワイからたくさんの物資を送ってもらった。この礼を伝えたかった」。エリックさんらに感謝を伝えた恒夫さんは「こういう機会がないと、お礼を言えないままだったかもしれない。エリックさんらの中城を思う気持ちがうれしかった」と話し、調査班の仲立ちにも感謝した。
 (新垣和也)

一括交付金で事業化

 戦後すぐに分離した北中城村を含め多くの海外移民を出した中城村だが、移民に関する村内の調査はほとんど進んでおらず、長年の課題だった。

 戦前に渡航した1世らから話を聞くのは難しくなり、彼らの労苦を直接見聞きした2世も高齢化している。2世世代の調査をするにはぎりぎりのタイミングだと判断し、一括交付金を活用して調査を事業化した。

 調査は4年間を予定。ことしは中城から渡航した人たちの名簿づくりなど基礎資料を整え、在外の村人会とのパイプづくりに取り組む。来年ごろに南米などに調査に出たい考え。最終的には調査報告書を作成する。

 ルーツ探しも継続する予定だ。移民に関する情報が少ない中、関係者を探す作業の中で情報が得られるからだ。今回も比嘉恒夫さんからハワイの親族の集合写真などの提供を受けることができた。移民調査班の喜久里瑛さんは「中城から移民した親戚とのこういう思い出があるという方、当時の旅券など移民資料が残っているという方はぜひ連絡してほしい」と話した。