参院選が公示された4日、名護市辺野古に住む土木業の30代男性の耳に、とある人物が「出馬したらしい」という情報が舞い込んだ。その人物が営む飲食店に大勢の報道陣が詰めかけているのを見て「確信」に変わった。後で知った。渦中の人は米軍普天間飛行場の移設に伴う辺野古の新基地建設に「賛成」を掲げて出馬していた。
「辺野古区民は基地を歓迎する」。9日朝、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で玉利朝輝さん(60)はマイクを握った。たすきの背中側には「辺野古『賛成!』」の文字が躍る。
以前から出馬を表明していたほかの候補者とは異なり、自身が決断したのは公示日のわずか2日前。記者会見なども行わなかった。突然の一報を受け、真意を聞こうと集まった報道陣にこう語った。
「(辺野古移設に)『賛成と言えば落選する』という感覚がある気がする。本音で本当のことを言わないと有権者に届かない。正確な形で訴えたくて『賛成』という言葉を使った」
振興と引き替えに「条件付き容認」という立場をとってきた辺野古区。ただ、求めていた個別補償を拒否する国に反感を覚える区民もいる。今回の参院選では新基地建設反対を明確に唱えるオール沖縄の候補者に対して、自民党の候補者は賛否を明言していない。その中で、新基地の軍民共用化や民間空港化、個別補償の実現などを訴える玉利さんの出馬に「すがすがしい」と感じる区民がいるのも事実だ。
4日に報道陣を見掛けた土木業の男性もその一人。「出馬には驚いたけど、辺野古の声を伝える手段としては良いと思う」。辺野古の新基地が完成して米軍普天間飛行場が返還されれば「普天間の危険性が減るだけでなく、辺野古周辺のヘリパッドもなくなるのでは」と期待する。さらに、玉利さんが訴える辺野古新基地の民間空港化が実現すれば「中南部一極集中も解消できると思う」。男性は一票を投じるつもりだ。
一方で、「賛成」の言葉が一人歩きすることを懸念する区民もいる。新基地建設反対を訴えてきた区民らで作る「命を守る会」元代表の西川征夫さん(75)は「辺野古区もあくまで『条件付き容認』という立場だ。もろ手を挙げてバンザイしているわけではない」とくぎを刺す。キャンプ・シュワブのゲート前で基地建設への抗議活動を行う人たちからも「簡単に『賛成』と言わないで」「お金がもらえればそれでいいんですか」という声が聞かれる。
同じくゲート前で演説を続ける玉利さん。国道を挟んでそれぞれの主張が交錯するその真上を、この日も米軍のF15戦闘機が飛行を繰り返していた。
('19参院選取材班)
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参院選が4日、公示され、候補者は県内各地で政策を訴えている。生活や子育て、基地問題について有権者はどう思っているのか。「暮らしのいま」を歩いて回った。