なぜ?ドルやセント表記のあるそろばん 5回も通貨が変わった沖縄の戦後復興を支える #昭和98年


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「弗〈ドル)」や「仙〈セント)」の表記がある、そろばん

 沖縄に「弗」「仙」という見慣れない単位が刻まれた、古いそろばんがある。「弗」は米国通貨の「ドル」、「仙」は「セント」を意味している。貴重な「和洋折衷」のそろばんだ。2023年のことしは「昭和」で数えると98年。「昭和98年間」のうち、27年間を米国の施政権下で過ごした沖縄の歴史を物語っている品のひとつだ。

5回の通貨切り替え

 ドル表記のあるそろばんを所持するのは、全国珠算教育連盟顧問で、浦添市で宮城珠算学校を営む宮城清次郎さん(86)だ。全国各地のそろばんを集め、同学校内に「そろばん展示館」を開設するほどの「そろばんコレクター」。その宮城さんでも、「弗」が刻まれたそろばんは、これまでに4丁しか手に入れたことがないという。4丁のうち、1丁は日本そろばん資料館に寄贈し、1丁は県外の収集家に託した。残る2丁を宮城さんの展示館で保管している。

そろばんの歴史について話す宮城清次郎さん

 沖縄は戦後、通貨が5回も変更された。終戦翌年の1946年4月、旧日本円から米軍が発行する「B円(B型軍票)」へ切り替わった。同年8月には、沖縄本島だけが新日本円になった。48年には宮古や石垣も含む全島がB円に変わった。

 沖縄全体が米ドルに統一されたのは58年9月のこと。約14年間のドル時代を経て、施政権が日本に返った72年5月、沖縄の通貨はようやく日本円になった。これほど短期間でめまぐるしく通貨が変わった歴史を持つ地域は、世界的にもまれだ。

 沖縄は今年で復帰51年。現在の60代以上はドル時代の記憶も鮮明だ。新聞の投書コーナーでは「1ドルあれば映画を見てごちそうも食べられた」などの昔話も出てくる。沖縄全体として、米統治下は人権が軽視された苦難の時代だが、一人一人にとってはドルと青春が結びつき、鮮やかな思い出としても甦る人もいる。

希少そろばん

 ドル表記のあるそろばんについて、宮城さんは、下の珠が五つあるなどの特徴から「問屋そろばん」だと指摘する。1935年に学校で四つ珠のそろばんが使われるようになるまで、そろばんは五つ珠が主流だった。四つ珠はスピード重視の計算に適しているのに対し、五つ珠は正確性重視で、主に問屋で使われていた。「弗」や「仙」の単位は、そろばんの販売時にはなかったもので、購入者が後で自ら彫ったとみられる。

 沖縄は「鉄の暴風」と形容されるほど激しかった沖縄戦により、島全体が焼け野原になった。文化財も私財も多くが失われたため、そろばんに限らず、昭和の記憶を残す品物はどれも貴重だ。

 「戦火をくぐり抜けて大切に保管され、ドル時代になるとそろばんの梁に『弗』や『仙』の単位を彫って実用に使われたのではないか」。宮城さんは、ドルのそろばんが歩んだ歴史に思いを巡らせた。

(稲福政俊)

この記事は、琉球新報とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。