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琉球の螺鈿漆器 自然の恵みからの造形 金城聡子(浦添市美術館学芸員)<女性たち発・うちなー語らな>


琉球の螺鈿漆器 自然の恵みからの造形 金城聡子(浦添市美術館学芸員)<女性たち発・うちなー語らな> 金城聡子
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 皆さんはヤコウガイをご存じだろうか。「夜光貝」の方が親しまれていて、ロマンチックな表記かもしれない。鹿児島県屋久島辺りから沖縄近海に生息する大きな巻き貝で、食用でもあり、最近は観光客が訪れる鮮魚店や居酒屋で見かける。身はたっぷりと大きく歯ごたえがあり、ソテーも良い。琉球王国時代は年の暮れに久米島から首里城へ贈られて、国王も召し上がったようである。

 近年、首里城敷地内の銭蔵東地区から15、16世紀ころの大量のヤコウガイと加工片などの貝だまりが見つかり、驚きの発掘成果が報告されている。

 コロナ禍中の一昨年、たまたま入ったスーパーの鮮魚売り場でヤコウガイの身の塊を見つけた。珍しい上にお手頃価格。求めて昼に館員と頂いてみた。初めて食した者の反応は上々で、食材の貝殻が宝石のような螺鈿(らでん)漆器に生まれ変わることに、今更ながら私も感激した。私が在籍する浦添市美術館は琉球漆器の殿堂ともいえる美術館である。企画展示室をさらに奥へ進んだ先に16世紀から現代の作品を常設展示している。

 ところで、ヤコウガイ殻の真珠層を用い文様をつける螺鈿は中国皇帝へ贈る漆器の定番といえる技法だ。中央の宝珠は意のままに願いをかなえる力を、これを囲む五爪の双龍は皇帝を、空に広がる瑞雲(ずいうん)はめでたいことを予兆している。琉球と中国との関係が続いた300年余り、琉球は皇帝への貢ぎ物として連綿とこうした螺鈿の盆や椀(わん)、東道盆を貝摺(かいずり)奉行所で制作し、国の威信をかけ贈ったのだ。貝摺奉行所もユニークな名称である。

 先日、撮影で皇帝向けに制作された大盆をじっくり観察する機会があった。貝を潤沢に使える琉球ならではの螺鈿で、大きな貝は15センチもある。今期展示の現代作品の中には、先の首里城復元に尽力された故・前田孝允先生の朱漆(しゅうるし)雲龍(うんりゅう)螺鈿大盆があるが、貝摺奉行所製の黒漆を先生は朱漆にかえ、薩摩侵攻以前16世紀ごろの朱漆螺鈿技法の様式にしている。何か意図がありそうだ。

 去る8月に、国王世子の居住地である首里中城御殿跡地発掘調査からヤコウガイの殻に納まる漆の種子(ハゼかもしれませんが)が出土し、沖縄県埋蔵文化センターが報道発表と公開展示を行った。誰がどのような目的で使ったのか、初の事例でよくわからない。私には当時の人々の抱く自然への畏敬の行為、形に思えてならない。貝とウルシ樹液、海と大地の恵みがコラボして生まれる螺鈿漆器は、万物が人に与えた造形だからだ。

浦添市美術館学芸員
金城聡子

 きんじょう・さとこ 1967年、名護市出身。浦添市美術館学芸員。琉球漆芸を専門とするほか、歴史ある美術工芸から現代アートまで、集めた物事や情報を分類・整理して新たな価値を創造する「キュレーション」に取り組んでいる。裏千家の茶の湯に親しみ、今年から「With Artうらそえを考える会」を発足。日々奔走中。