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食べて厄よけ、健康祈願 沖縄の冬の風物詩「ムーチー」とは 


食べて厄よけ、健康祈願 沖縄の冬の風物詩「ムーチー」とは  手前から紅イモ、黒糖、白ムーチ-
この記事を書いた人 Avatar photo 熊谷 樹

2024年1月18日は沖縄の冬の風物詩「ムーチー」です。

旧暦12月8日に行われる伝統行事であり、厄払いと健康を願い、月桃に包んで蒸した餅(ムーチー)を食べます。家庭で手作りしたり、周囲からもらったり、市販のものを購入したりと入手方法はさまざまですが、多くの県民がこの日、ムーチーに舌鼓を打ちます。保育園や幼稚園、地域の子ども会などのイベントでもムーチー作りは定番で、子どもたちにとっても身近な伝統行事となっています。ムーチーの由来から現代の販売事情まで紹介します。

ムーチ-作りに挑戦する伊平屋保育所の園児ら=2021年12月、伊平屋保育所

ムーチーに当たる旧暦12月8日ごろは、暖かい沖縄もぐっと冷え込む時期。その寒さを「ムーチービーサ」と呼んでいます。

ムーチーは月桃(サンニン)の葉(カーサ)で包むことからカーサームーチーとも呼ばれています。仏壇やヒヌカンにムーチーを供え、子どもの年の数だけムーチーを連ねて結び鴨居からつるす「サギムーチー(下げムーチー)」などして、子どもの健やかな成長を願います。

特に赤ちゃんが生まれた家庭で初めて迎えるムーチーは「ハチムーチー(初ムーチー)」と呼ばれ、ムーチーをたくさん準備し、親戚や友人、近所の家に配ります。また、男の子がいる家庭では大きな餅をクバの葉に包んで蒸す「チチャラムーチー(力ムーチ-)」を作って食べる風習もあります。

ハチムーチーを迎えた赤ちゃんとサギムーチ-=2019年

鬼となった兄を妹が退治 ムーチーの由来

ムーチーは「鬼餅」とも呼ばれ、その名の通り鬼にまつわる由来が伝えられています。県内にはさまざまな伝説がありますが、特に有名なのは1713年に首里王府が編纂した「琉球国由来記」にもある、那覇市首里金城の内金城御嶽(うちかねぐすくうたき)の伝説です。

昔、首里の金城に兄妹が住んでいました。兄は大里間切の北の洞窟に移り住みますが、人を殺して食べる鬼となって人々に恐れられていました。うわさを聞いた妹は兄の元を訪れました。兄は不在でしたが、かまどには人肉の入った鍋があり、うわさは真実だと知りました。

妹は洞窟から逃げ出しますが、兄に見つかり連れ戻されます。妹は一計を案じ、抱いていた子どもを泣かせて「子どもがトイレに行きたがっている」と外に出て、そのまま逃げ帰りました。

鬼餅伝説が伝わる那覇市首里金城町の内金城御嶽=2024年1月

その後、妹はふつうの餅を七つと鉄を入れた餅を七つこしらえ、兄のすみかに向かいます。ちょうど妹の家に向かっていた兄と途中で会い、首里の崖の上で餅を食べることにしました。2人で向かい合って座り、妹は鉄入りの餅を兄にすすめ、自分はふつうの餅を食べました。兄は餅を食べようとしましたが、中に鉄が入っているせいで食べることができません。

着物の裾の前をからげて座る妹に、兄は怪しんで聞きました。妹は「私の下の口は鬼を喰う口、上の口は餅を喰う口」。兄は大変驚き、慌てふためいて崖から落ちて死んでしまいました。

この話から、毎年12月には各家庭で餅を供え、鬼餅を食べるようになりました。

地域によってはムーチーの蒸し汁は「鬼の足を焼く」とされ、厄よけとして家の周囲にまいたという話も残っています。

スーパーに特設コーナー、「3万個作った」餅屋も

餅粉やムーチ-ミックス、蒸し器、ムーチ-を縛る色とりどりのビニールひもが並ぶ特設コーナー=2024年1月、イオン南風原店(提供)

ムーチーづくりに必要な材料は餅粉、砂糖、サンニンが基本。それに紅イモパウダーや黒糖を加えてさまざまな風味を楽しみます。ムーチーの時期になるとスーパーには特設コーナーが設置され、餅粉や各種パウダー、「混ぜるだけ」のムーチーミックスにビニールひも、蒸し鍋まで

イオン琉球の担当者によると、前回のムーチーが2022年12月30日と年末だったことに触れ「今年は曜日回りも良く、関連商品の売り上げは前年度比30%増も期待できそうだ」と説明します。

サンエー那覇メインプレイスの担当者も「今年の売り上げは前年比1.4~1.5倍と例年にない伸び方をしている。ありがたい」と笑顔で話しました。

店舗入り口すぐの一番目立つ場所に並ぶムーチーガーサ。ムーチ-当日まで多くの人が買い求めるという=2024年1月13日、糸満市のファーマーズマーケットいとまん「うまんちゅ市場」

ムーチーが近づくとスーパーやファーマーズマーケットなどでサンニンも販売されはじめます。10枚、20枚ずつ束ねられたサンニンが店頭に並ぶのは沖縄でもこの時期だけ。サンニンは県内のあちこちに自生していたり、庭に植えている家庭も多かったりと比較的手に入れやすいものですが、大量に必要だったり急に必要になったりしたときに重宝されています。

ファーマーズマーケットいとまん「うまんちゅ広場」の担当者によると例年ムーチーの1週間前からサンニンの取り扱いが始まるそうです。サンニン専業の農家は県内にも少なく、畑の一画に風よけも兼ねてサンニンを植えておき、ムーチーの時期に合わせてカーサを収穫・販売する人がほとんど。持ち込む量も年によってばらつきがありますが「毎回完売する」ほどの盛況ぶりです。

ムーチーガーサを持ち込む男性。「小さいカーサだと一つ作るのに2枚使わなくてはならない。幅が広くて大きいカーサを選んで出している」と大きさや形にもこだわる=2024年1月13日、糸満市のファーマーズマーケットいとまん「うまんちゅ広場」

朝8時ごろ、カーサ30束を持ってきた60代男性は「1日20束ずつ6日分準備していたが、昨日は早い段階で持ってきた分が完売したので追加、追加で結局64束売れた。様子を見ながら追加で収穫し、18日までできるだけ売りたい」と笑顔を見せました。

手作り派が多い一方、製菓店や餅屋などの専門店でムーチーを買い求める人も多くいます。市場の老舗や人気店には年末から注文が殺到し、ムーチー前日・当日にはプロの味を求めて開店前から50人以上の客が並ぶことも。ハチムーチーの家庭や県外に住む親戚に送るなどの理由で100個単位で注文する客もいるそうです。店側から「30分で2000個完売した」「年末から3万個生産した」「注文分を作るのに精一杯で店頭にムーチーを並べられない」などの声が上がるほどの人気ぶりです。

餅店でムーチ-を買い求める人たち=2022年1月9日午前9時すぎ、那覇市牧志の餅店「やまや」(喜瀨守昭撮影)

よりカラフルに風味豊かに コンビニで限定販売も

「那覇市史 資料編 那覇の民俗」によると、戦前のムーチーは餅粉のみの白餅、トーナチン(タカキビ)や砂糖を混ぜ込んだ餅などがあったとされています。現在70代の那覇市在住の女性は子どもの頃を振り返り、上記の味だけでなく「サツマイモを混ぜたりピーナッツを砕いて混ぜたものもあった」と話します。

店舗内に設けられた特設コーナー。きな粉やヨモギ、紅イモパウダーなども並ぶ=1月16日、那覇市のサンエー那覇メインプレイス

現在はそのバリエーションも増え、スーパーの特設コーナーには餅粉のほかに、黒糖や紅イモ、トーナチン、田芋入りのムーチーミックスや、紅イモ、ヨモギ、きな粉、カカオなどのパウダーが並びます。よりカラフルで多彩な風味のムーチーを手作りすることができるようになりました。市販品でも白餅、黒糖、紅イモを基本にさまざまな味が並び、選ぶ楽しみも増えています。

コンビニ業界もムーチー商戦に熱視線を送ります。沖縄ファミリーマートでは2018年からムーチーの時期に合わせ、沖縄限定コンビニスイーツとしてムーチーを販売しています。2024年は紅イモ味、ヨモギ味、チョコ味の3種類。リピーターにも楽しんでもらえるよう、毎年味やサイズを変えて展開しています。12月中旬から中華まん「ムーチーまん」も販売。特にムーチーの日に売り上げが伸びるそうです。

沖縄ファミリーマートの担当者は「沖縄は伝統行事を大切にする土地柄。毎年好評で売り上げも好調だ」と説明します。「若い人の中には初めてムーチーを食べたという人もいる。沖縄の食文化を知るきっかけとなればうれしい。おいしく手軽にムーチーを楽しんでほしい」と話しました。

(熊谷樹)